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2008年11月28日
亥の子さん
本店の「ツネさん」からバトンを受け取りました大阪支店の「カリー」です。遊びの達人、ツネさんのバイタリティーには、いつもながら恐れ入ります。磯の大物ではなく、陸の大物をGETの折にはご一報を。F元部長もよろしく!とのことです。
さて、この原稿を書くにあたり何の話題にしようかと思案していたところ、ちょうど田舎(愛媛県です)の親から「亥の子(いのこ)さんの宿(やど)になったから孫たちを連れておいで」との誘いがありました。宿とは、「亥の子さん」という地域の行事を世話する家のことで、50年に一度の頻度で回ってきます。これだ!と思い、家族と一緒に帰省してきましたので、小さな田舎の風習である亥の子さんの模様をお伝えします。
亥の子さんとは、旧暦の10月亥の日に行われる行事のことです。「ゴーリンサン」と呼ばれる直径20cmの円形の石(重さ15kg)の中央部分に鎖を付け、それにロープを結んで庭先の土の上を男の子たちが引っ張り合い、上下させて突く風習です。歴史は古く、私も、私の父も、祖父も子供時代に参加しているので、確認できるだけでも100年以上は続いています。猪(亥)は子が多く丈夫に育つことから、子が多く生まれ、強く逞しく育ち、家々が栄え繁盛するようにとの願いがこめられています。
亥の子さんに参加するのは、小学校低学年の子供から大将と呼ばれる中学1年生の男の子たちです。体力に劣る低学年の子供たちは、ロープを体に縛りつけ力負けしないように全身で踏ん張ります。大将はリーダーとして低学年の子達の面倒を見ながら全体に目を配ります。大人は宿となる家の家人が世話をするだけで、すべて子供たちで運営します。子供たち自らが地区内の家を回り、寄付(各家500円~1,000円)を募り、集まったお金でお菓子や果物を買い、子供たち(ゴーリンサンに参加しない女の子たちも含め)みんなに分配します。私が大将を務めた時、普段と違って宿の家人が大人として接してくるので、とまどい、しゃべったことも無い敬語をつかい、とても緊張したことなどを思い出します。少子化や生活環境の変化により、最近の子供たちは昔と比べ集団(年齢の違う縦のつながり)で遊ぶ機会が少なくなり、個々になりがちです。しかし、規模は縮小し形態も変化したとはいえ、年に一度の亥の子さんで、子供たちだけで一つのことをやりとげる経験は、将来、必ずプラスになることと思います。縦のつながりを大事にする田舎の風習として、いつまでも引き継がれてほしいと切に願います。
それでは次のバトンですが、高知のインター工事時代に大変お世話になった『土佐のいごっそう(頑固者)』九州支店の「龍」さんにお渡しします。龍さん、また今度一献(足腰が立たなくなるまで)やりましょう!それでは、よろしくお願いします。
2008年11月28日 08:01 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年11月14日
記憶に残る建物
九州支店建築事業部の「ピクポン」さんからバトンを受けました。東京建築第二支店建築事業部の「シバ」です。「ピクポン」さんには学生時代から現在に至るまで25年以上もお世話になっております。私は入社以来20年近く建築の施工を担当し、4年前から民間営業の仕事に携わっております。これまで現場で貴重な体験をしてまいりましたが、今回その中で特に記憶に残っている施設について、少しお話したいと思います。
それは、茨城県つくばみらい市にある「ワープステーション江戸」という施設です。自宅から車で20分くらいのところにあり、よく小学生の息子を連れて遊びに行きます。
ワープステーション江戸は、子供からお年寄りまでが江戸時代の町並みを楽しめる歴史公園です。園内には、江戸城大手門、武家屋敷、長屋門などの江戸城ゾーンと、大店や町屋、廻船問屋などの江戸の街ゾーンがあります。建物だけでも20棟以上、他に櫓や門などがあり、これらをⅠ期、Ⅱ期工事合わせて1年半という短工期で建設しました。
1999年のⅠ期工事竣工時にはNHK大河ドラマ「葵 徳川三代」の撮影も行われました。初のハイビジョン撮影ということもあり、着工時から細部にわたりさまざま協議を繰り返して、ようやく撮影にたどり着きました。私は、学生時代に西洋建築史を少しだけかじっておりましたが、江戸時代の建物についてはほとんど知識がなく、当時のディレクターさんからいろいろと教えていただきました。なかでも、S造の新築でありながら、経年変化をした屋敷や生活感のある長屋に見せること、そして城の石垣の積み方などは、皆で試行錯誤の連続でした。その苦労もあり、現在も時代劇のロケ地として知る人ぞ知る隠れた観光スポットになっております。まずは、一度ホームページをご覧ください。
それでは、毎日、構造設計という重責を担いがんばっておられる建築事業本部設計センターの「でこぽん」さんにバトンを渡します。
よろしくお願いします。
2008年11月14日 08:14 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年10月31日
極楽とんぼのように・・・
大阪支店のマァ先生からバトンを引き継ぎました。現在、本店勤務のツネです。マァ先生には、四国の現場で大変お世話になりました。早いもので本店に異動してから、1年半が過ぎました。四六時中パソコンと顔をつき合わせてばかりの仕事なので、週末はできる限り、アウトドアスポーツを心がけています。
ひとつは、草野球です。社内外の有志で成り立つ草野球チームに所属し、東京近郊のあちこちで、月1~2回程度の試合をこなしています。試合の後には必ず反省会(宴会?)が開催されます。試合と反省会とどちらがメインなのかわからないくらいの盛り上がりです。こういった活動は入社以来、初めての経験であり、毎回楽しく過ごしています。
もうひとつは、釣りです。釣りも最近は海釣りでなく、渓流釣りの方です。休日は暗いうちから車で出かけ、主に丹沢山系の渓流に釣行します。林道の入り口に車を置いて、春は新緑の息吹の中を深呼吸しながら、夏は流れの中をザブザブ水しぶきを浴びながら、1日中遊びほうけています。時には山梨、長野のほうまで足を伸ばすこともあります。都会はどこへ行っても、車、人ばかりだと思っていましたが、ちょっと外へ出れば、けっこうな自然環境があることに今さらながら驚いています。
最後に、アウトドアではありませんが通勤電車での読書について。まあ、何と申しましょうか。学生時代以来です、こんなに本を読むのは・・・。自分でもあきれるくらい読んでいます。最近のミステリーから古今東西の名作といわれる小説にいたるまで、時には駅を乗り過ごすほど没頭してしまうこともあります(ちょっとオーバー!)。今や読書は私の心の重要な糧のひとつとなっています。
ケータイやゲームよりも、やはり読書だなと思うのは、年老いた証拠でしょうか?
なんだかとりとめのない話になってしまいました。それでは、昔、徳島の池田でともに阿波踊りで踊り明かした、現在高知のトンネル現場でがんばっているカリーチャンにバトンタッチします。カリーチャンよろしくたのんます。
2008年10月31日 08:18 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年10月17日
諸国漫遊中
九州支店土木営業部の「四郎さん」からバトンを受けました、同じ九州支店建築営業の「ピクポン」です。「四郎さん」もちろん「キューデンヴォルテクス」の応援にも行かせていただきます。本店の「りっちゃん」と「四郎さん」からは休日の過ごし方というような内容でバトンを受けましたが、私の場合、週末も業務があって休めないこともあります。
そんなわけで、週末の休みの代わりに、夏休みにまとめて海外旅行に出かけることにしています。18年前に当社と共同研究をしたことがある大学の恩師から「かつて視察したギリシア・パルテノン神殿を家内にも見せたいから、一緒に行こう」と誘われたことから始まり、先輩ら6~7家族で海外旅行に行っています。3年前はギリシア、昨年は台湾、今年はドバイ・エジプトへ行ってきました。

まずは3年前のギリシアについて。ギリシアは建築デザイン様式の原点といわれるものがたくさんあり、遺跡めぐりも楽しかったのですが、なんといってもエーゲ海に浮かぶミコノス島はすばらしかったです。真っ青な空と海、真っ白な建物。真っ赤な夕日が落ちるとなんとも言えない景色が広がります。誰がどこを撮っても絵葉書になります。また、ここにはパラダイスビーチ・スーパーパラダイスビーチというビーチがあります。何がパラダイスなのか・・・。区分けこそしていませんが、初級・中級・上級エリアに自然と分かれています。初級は家族連れや私達のような観光客がチャプチャプしています。中級はヌーディストエリアで、お年寄りのおじいちゃん、おばあちゃんまでもがスッポンポンです。そして上級エリアは・・・、男性同士が仲良く日光浴を楽しんでいます。私は今まで目にしたことがない世界で衝撃的でした。一度、行ってみてください。
昨年は台湾でした。当時、世界一の高さであったタワー、台北101(508m 制振構造)等の見学に飽き足らず、台中の阿里山にある古代ヒノキ(靖国神社や明治神宮にも使われている)を見るために、真夜中から阿里山鉄道に揺られて登山しました。8月とはいえ標高約3,000mですから、早朝は気温10度くらいで、しかも霧雨が降っていたので、体感温度は真冬並。みんなドカジャン(パイロットジャンパー)を借りての散策ですから、普通の旅行ではないですね。
また、普通の旅行ではなかったのは、今年のドバイ・エジプト旅行でした。「5,000年の時空間を越えて」とタイトルをつけて、現在、最先端技術で建設ラッシュが進むドバイと、未知なる歴史を持つ古代エジプトピラミッド群を見学しようというものでした。それよりもなによりもめちゃくちゃ暑かった!夏は40度以上の酷暑と聞いて覚悟していたものの、北回帰線の直下にあるアブシンベル神殿、アスワン(ハイ)ダムを見学した3日目頃から、一緒のメンバーが脱水症状と下痢・嘔吐と次々に倒れていきました。遺跡を見ながら、すぐ横でメンバーがバタっと気絶していくのですから、まるで「ナイル川殺人事件」などの推理小説を地で行くような感じでした。ちなみにエジプトの観光シーズンは冬だそうです。帰国途中でドバイ7つ星のホテル「バージュアルアラブ」でランチ(約3万円)をする頃には皆さん元気になられて、無事に今年の旅行は終わりました。来年はどこになるのかわかりませんが、世界の建築を勉強するため、夏休みには諸国漫遊したいと思っています。
それでは学生時代に西洋建築史を専攻された東京建築第二支店の「シバ」にバトンを渡します。よろしくお願いします。
2008年10月17日 08:36 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年10月03日
繋(つな)ぐこと
札幌支店のHYさんからバトンを受けた大阪支店の「マァ」です。HYさんとは同期入社で二十数年前に札幌支店のトンネル現場で一緒でした。
ヨット部出身でスキーは全く素人の私でしたが、スキー部出身でプロ級のHYさんにスキーの指導を受けたことを懐かしく感じています。
現在、滋賀県大津市にて道路トンネルの工事をしており終盤の追込み状態にあります。
近くには、国宝三井寺(長等山園城寺)、カルタで有名な近江神宮、日吉大社、比叡山延暦寺があり、歴史を楽しめます。是非、散策をお勧めします。また、この地は大津市と京都市を隔てる様に山々が続くため、鉄道、道路、琵琶湖疏水などの数多くのトンネルが施工されています。中でも、今は使われていませんが、旧国鉄の逢坂山隧道は日本で掘削された最初の山岳トンネルで、日本人だけで完成させたことで有名です。さらに近江大橋や琵琶湖大橋などの橋梁もあり、後世に名を残す構造物が多くて、土木屋として歴史を創りこむことや時代を繋いで行くことのすごさを実感できる地域です。これらの中には、写真の現JR逢坂山トンネル・長等山トンネルなど、先輩方の努力の賜物である当社の施工物件も数多くあります。
時の流れを繋ぐという意味では、琵琶湖大橋の近くに感慨深い構造物があるので紹介します。出島(でけじま)灯台という小さな灯台(高さ約8m、高床式木造)です。
この付近は琵琶湖の最狭部で岩礁も多く座礁や難破など船の事故が絶えなかった場所で、明治8年に客船転覆事故で47名が死亡したのを契機に建てられたものです。最初9戸の家が当番で灯し続け、湖上交通の安全に貢献しました。一時は灯火も消え老朽化が進み崩壊寸前の状態でしたが、地元の熱心な保存運動で復旧に至っています。価値あるものは繋がれていくのですね。
たまに大阪湾を帆走して休日を過ごしていますが、明石海峡大橋や関西新空港など後世に名を残すものを沖から見るにつけ、時代を繋ぐ大切さを感じるこの頃です。
それでは、土佐の高知勤務時代に磯釣りのご指導を頂いた本店のつねさんにバトンを繋ぎたいと思います。つね師匠よろしくお願いします。
※写真は上から「近江大橋」、「長等山トンネルと逢坂山トンネル(1枚の写真ですが、全く別のトンネル2本です)」、「琵琶湖大橋(当社施工です)」、そして「明石海峡大橋(JVSbながら、当社も施工に参画しているんです)」です。
2008年10月03日 08:45 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年09月19日
四郎さん
本店の「りっちゃん」からバトンを受けました同期入社のハンドルネーム「四郎さん」です。九州にもキャンプ場がたくさんありますよ。いつでも連絡して下さい。よかったら僕の家族も連れていって下さい。
さて「りっちゃん」は休日の話を書いてましたね。「四郎さん」家の休日は、こんな感じです。
子供たちは現在、上が高2で下が中3です。小学生のときは、ふたりともソフトボールクラブに入っており、私は父母会の会長をやっていました。中学校では軟式野球部に入り、私は父母会の副会長をやっていました。今は、上の子が高校で硬式野球部に入っており、私は野球部父母会の副会長を仰せつかりと、この5、6年の間、土日祝日は、練習・試合・遠征と大勢の子供たちとともに過ごす日々です。その中で、親たちは子供たちが勝てば祝勝会、負ければ残念会と、いつも飲んでばっかりです。ということで、休日といっても自分の思い通りにならない?なかなかゆっくりできない?休日を過ごしています。
なお、子供たちが小学校のとき、私は天草に単身赴任していました。週末に帰ったときには、天草の海の幸と焼酎を土産に、クラブのお父さんたちを集めてはワイワイやっていました。「四郎さん」というネーミングは、そのとき、あるお父さんに呼ばれたのが始まりで、それ以来、父母会の集まりでは「四郎さん」と呼ばれています。(決して岸部シローではありません(笑))
ところで、私は九州支店で営業を担当しています。お客様である九州電力(株)には「キューデンヴォルテクス」というラグビー部があるので少し紹介させて下さい。キューデンヴォルテクスは2006年にチャレンジマッチに進出し見事に勝利!ついに念願のトップリーグに昇格しました。ジャパントップリーグ参戦元年の昨年は、14チーム中10位で、「入替戦なしの残留」という目標をクリア、今年もトップリーグの舞台にたちます。いよいよ9月6日に開幕したジャパンラグビートップリーグは「トップセブン」を目標にもっと上を目指して走り出しています。残念ながら、初戦は九州勢同士の戦いでコカ・コーラウエストに黒星スタートとなりましたが、まだ始まったばかりです。みんなで試合会場で「キューデンヴォルテクス」に熱い声援を送っていこうと思っています。皆様応援よろしくお願いします。
また、今年度は13試合中8試合が地元九州で開催されます。野球とラグビーの応援とで今年も忙しい休日になりそうです。
それでは、九州支店の「ピクポン」も応援よろしく頼みます。
2008年09月19日 09:15 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年09月05日
HZMサッポロ
沖縄のクロスケからバトンを引き継いだ、札幌のHYです。毎日、いい仕事を探して歩き回っています。といっても最近は内業が多く、ひところに比べると名刺の減り具合がめっきり遅くなりました。
クロスケさん、お久しぶりです。沖縄の海は最高でしょうけど、北海道は今が一番いい季節です。この時期の私のお勧めは「自転車」です。名古屋でも乗っていましたが、夏は暑くて大変でした。札幌に来て自転車をロード用に改造し、サッポロセンチュリーライドで毎年100km走るのを目標にしています。チーム名「HZMサッポロ」。総勢2名の弱小チーム。練習なしのぶっつけ本番なのでタイムオーバーの回収車がいつも後ろから追ってきます。

札幌市内には自転車専用コースもありますから、車に気を使わずサイクリングすることもできます。街中が平坦ですからあまり汗をかかず快適です。もちろん市内観光もOK。札幌駅にはレンタルサイクルがあって500円くらいで1日借りられますから、季節の匂いを感じながら街中を散策するには最適。
今年からサッポロ市内で「ベロタクシー」なる自転車タクシーが運行を開始しました。2人乗りのおしゃれな外観で、初乗り一人300円。チョト目立つけど、のんびりと街中を観光するにはもってこい。運転手を募集しているのでトレーニングにアルバイトでもするか(笑)
最後に、自転車(ママチャリ)をもっと快適に乗る方法を教えましょう。
① タイヤの空気はパンパンに入れます。指で押してもへこまないくらいに。
② サドルを上げます。片足が爪先立ちできるくらいまで。
どうです、同じ自転車かと疑うほど楽に軽く走れるでしょう。
これから秋は本州でも自転車乗りには快適な季節です。大阪のマァさん、自転車にのってメタボを解消しましょう。
2008年09月05日 08:10 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年08月22日
キャンプの効用
タイの「おかちゃん」からバトンを受けました本店の技術部門に所属しているハンドルネーム「りっちゃん」です。昨年、「おかちゃん」が働く現場に出張で行った時、御馳走になった現場近くの屋台ラーメンはおいしかったです。また、他の国に行かれた際には、お呼びいただき、ご当地の名物を御馳走してください。
ところで、我が家では休日、いかにお金を使わずに遠出のレジャーを楽しむかが課題となりまして、いきついた結論がオートキャンプとなりました。昨年、テントやタープなどの道具を揃えて、初期投資にはずいぶんお金がかかりました。しかし、その後は5回ほどキャンプ+観光に出かけ、その圧倒的な安さと自然を満喫できる点には、家族全員が満足しています。家族5人全員の1泊の費用は1万円を超えることはなく、おそらくホテルや旅館に宿泊する場合と比べて4分の1~5分の1程度になっているのではないかと思っています。また、都会生まれの子供たちにとっても、テレビゲームや習い事に明け暮れる生活から抜けだして、自然の森やそこにすむ虫などに触れることは、とても良い刺激となっています。さらに、キャンプでは寝床づくりから、洗濯、食事の支度や後片付けまで、自分のことは自分でやらなくてはいけないので、自立心を養うこともできます。家では、食事の支度の手伝いなど、ほとんどやらない子供たちも、キャンプでは知らないうちに面白がって手伝っているのは、ほんとうに不思議です。
私自身は田舎育ちなので、川や海に行ってもどこが危険で、どこが安全かを感覚的に知ったような気がしますが、都会育ちの自分の子供を見ていると、危険な場所に平気でいったり、毒がある虫をつかんでみたりして、時々、ハッとすることがあります。育った環境が、自然の中にある危険を察知する能力をこんなにも変えるものかと痛感させられました。それでも、キャンプを重ねるにつれて、子供たちはどんな所が危なくて、どんな動物や虫に注意しなければならないかを感じられるようになってきました。
こんなふうに、当初は経費節約が目的ではじめたキャンプですが、経済面以外での思わぬ効果もあり、子供も親もたいへん満足しています。これから先も、いろいろな場所でのキャンプを予定しており、自然の変化を楽しみたいと思っています。
それでは、同期で入社25周年を迎えた九州支店の「四郎さん」にバトンを渡します。いつか我が家も九州でキャンプをやってみたいと思っています。その時は、お勧めの場所を教えてください。それでは、よろしくお願いします。
2008年08月22日 08:30 | コメント (1) | トラックバック (0) |
2008年08月08日
愛しのカオマンガイ
本店、「ペコ」ちゃんに泣き落とされてバトンを手渡されたハンドルネーム「おかちゃん」です。現在、国際事業統括支店に在籍し、タイ王国において発電所工事に携わっております。プロジェクトは既存の発電所の敷地内に75万KWの複合火力発電所を新設するもので、工事は9割近く進んでいます。
私が当現場に着任して1年8か月が過ぎました。タイではこの現場が初めてなので、タイでの生活が1年8か月経過した訳です。この国で様々な感動を経験しましたが、食べるたびに至福の時を得られるカオマンガイについて話したいと思います。
そもそもカオマンガイとは何か?カオマンガイをタイ語の単語に分解すると、カオ・マン・ガイとなります。カオはご飯、マンは丸い、ガイは鶏肉であり、要するに鶏飯です。タイでは、いたるところに食べ物の屋台がありますが、そのうち1割位はこのカオマンガイの屋台ではないかと感じるほど一般的なものです。
カオマンガイの作り方と食べ方:①鶏肉を丸ごとゆでて、それを吊るし置きにする。②①のゆで汁を使ってご飯を炊く。③残りのゆで汁でスープも作る。④炊き上がったご飯を皿に丸く盛り付ける。⑤鶏肉をザクザクと切り、ご飯の上にのせる。⑥スープを添えて客に出す。⑦ニンニク、唐辛子、ナンプラーを混ぜ合わせたタレをつけながら食す。
カオマンガイは、どの屋台のものも大体、美味しいのですが、当現場の入り口近くにある屋台のものはサイコー!です。程よくパラリ感のあるご飯・柔らかくコクのある鶏肉・薄味で上品なスープ・パンチの効いたタレ、これらが調和の取れた美味しさを作り上げています。値段は25バーツ、日本円で約80円です。ハードな仕事で目一杯空腹になり、昼食で、ここのカオマンガイを食すると、何故か幸福感に浸れます。
タイを訪問される方に、この屋台を紹介したいのですが、あいにく当現場までは交通の便が悪いのです。味を想像していただくしかないのですが、私のつたない文章ではそれも無理であろうと恥じ入るばかりです。
バトンは本店のりっちゃんにリレーします。彼はACI(アメリカのコンクリートの規準書の通称)の解釈に的確な助言をしてくれて、いつも助けてもらっています。
2008年08月08日 08:03 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年07月25日
海のこと
名古屋支店のウッさんからバトンを受け取った九州支店のクロスケです。変な疑問ですが、私にバトンを渡したのはハンドルネームが「ウッ」で、敬称が「さん」なのでしょうか?それとも「ウッさん」でハンドルネームなのでしょうか?後者なら、「ウッさん」君とか「ウッさん」さんとか呼ぶのかな???まぁ、どうでもいい話ですが、年を取ると些細なことが気になってしかたがありません。
さて、私ことクロスケは九州の南の果て沖縄でトンネルを掘っています。名古屋支店の「ウッさん」さんと初めて会った時もトンネル現場でした。「ウッさん」君、私は飲み屋で、すぐ寝る癖はひどくなる一方ですよ。あまりにも、すぐ寝るので飲み屋にすら辿り着けないことが時々あります。

沖縄の現場では道路トンネルを掘っているのですが、非常に暑いです。気温は最高でも33℃程度ですが、日差しが突き刺さるような感じで、作業服の長袖シャツを着ていても腕なんかは日焼けしています。
沖縄といったら、やはり海ですね。海がホントに綺麗です。海水が汚れていないので、下の砂地が透き通って見えます。海の深さによって濃淡がはっきり見えるのが本当に最高です。私は泳げないので海には入らないのですが、見ているだけで充分満足できます。皆さんにも綺麗な海を見せようと写真を撮ってみましたが、腕が悪いのか、なかなかうまいこと写りません。本土では綺麗な海はごく限られた砂浜とかでしか見られないですが、沖縄の海は何処でも、すんごく綺麗です。

それでは、次のリレーは北海道のHYさんにお願いします。南の果てから北の果てにバトンタッチします。以前、私が九州支店から名古屋支店の現場に転勤した時に、HYさんも同じ現場に札幌支店から異動されてきて、3年程ご一緒させて頂きました。宜しくお願いします。
追伸:海のことしか書いてないのは、私が沖縄に赴任してから1年以上経つのに海しか見てないからです。だって沖縄の四方は海だし、何処にいても大体は海が見えるし、海を見るだけならタダだし.....
2008年07月25日 08:30 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年07月11日
海馬を刺激中
国際事業統括支店のダイナカップさんからリレーを受けた、本店勤務のペコです。
ダイナカップさんとはベトナム国にて仕事をしていた時に一緒に血、労苦、涙と汗をともに流した経緯があります。(チャーチル元首相の演説)現在はそんな縁もあってか引寄せられるように「微笑みの国」に出張、ともに「微笑み」に関して猛勉強中です。
このブログもブラジル、ベトナム、タイとずーと海外話が続いているので、ここで途切れては!と思い、少し前ですが大陸の南端を目指し旅したことを話したいと思います。
まず向かった先はアフリカ南端(最南端ではない)喜望峰。(Cape of Good Hope)があるケープタウン。アフリカ大陸の上陸は初めての経験で、玄関口となったヨハネスバーグは「世界でもトップクラスの犯罪発生件数を誇る危険都市」などと渡航前に情報を仕入れてしまい、いつも以上に緊張しました。実際に到着すると、すぐさま警官が近づきてきて「国籍は?」「日本人だろ!」「空港の外に出るな!」「今すぐ空港内に戻れ!」と警告を受けることとなりました。私は「警察証を見せてください」「空港の外へ出ていけない理由は?」と質問してはみたものの結局、空港ロビーへ逆戻り。理由は、やはり空港周辺は到着したばかりの旅行者を狙った強盗などが多いからだとか。飛行機に乗ることができる人には強盗を働く人が少ないので、空港内は少しだが安全らしい。いきなり出鼻をくじかれケープタウン行きの飛行機を空港内で待つことに。。。ケープタウンへ着くと綺麗な町並みと映画「Endless Summer」でも有名な厚く切れ目なく続く背丈ほどの波が立つ海岸線。それらを左手に見ながら車で約1時間ほど走ると、インド洋と大西洋を見渡せる喜望峰へ到着。南アフリカの英語は世界一スピードが速いといわれ、ガイドの話がまったく聴き取れず、ただただ景色に圧倒され、次なる南端・南米大陸へ思いを馳せ夜の眠りに。
南米大陸の玄関口となったのはチリのサンチアゴ。旧市街地と新市街地が綺麗に分かれ、それぞれに趣があり時間を掛けて見てみたかったが先を急ぎアルゼンチンへ。サンチアゴから飛行機に乗り、左手に南米大陸最高峰アコンカグアを見下ろしブエノスアイレスへ約2時間。イースター祭の時期と重なり街中どこも、お祭りムードで人がごった返した状態から逃げるように、世界最南端の町・ウシュアイアへ。観光客はいるものの、何となく閑散としていて寂しい感じが。それもそのはず、昔は囚人の収容所で、やせた大地を開墾してきたのだとか。でもこんな街(ビーグル海峡を渡った先)に今は一人となってしまったモンゴリアンがいるのだそうです。以前は集落を構えるほど多数いたのに次第に減り、最後の一人。その昔ユーラシア大陸から北東へ進み、ベーリング海峡を渡り北米大陸を縦断し、ここまで辿り着いたのだろうかと思いを馳せ帰国の途に。
国内外を問わず旅って本当に素晴らしいですよね!海外での仕事は辛いことの方が多いのに、旅行は仕事同様ハプニング、アクシデントがあるのに何故楽しく思えるのだろう。
タイ出張中に読んだ脳に関する本には、一般的に脳細胞は大人になればなるほど細胞が死んでいくといわれていたそうですが、最近の研究成果では記憶を司る海馬(かいば)に関しては30歳を過ぎてもドンドン成長していくそうです。如何に脳に刺激を与えるか、ということが大切なのだとありました。その中に、旅をすることは脳に刺激を与える良い方法の一つとありました。(その他には少し空腹に耐えるとか寒い所に行くとか、少し危機感を身体的に味わうことが有効だとか)
これからもできる限り多く旅をしたいものです。カトーン(灯篭)のようにでなく自分の意志のあるところに。っね、ダイナカップさん。You think ,therefore you are.
それではベトナム時代に御世話になり、現在も海馬を刺激しまくっている大・大先輩おかちゃんにバトンをハンドオーバーします。
2008年07月11日 09:55 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年06月27日
松阪牛
大阪支店のたかディからバトンを受けとった名古屋支店のウッさんです。
たかディとは同期で入社時、一緒に配属になった九州支店時代、よく無茶なことをしたことが印象に残っています。鹿児島から芸北(広島)への日帰りスノボーツアーや、結婚祝いにハワイでスカイダイビング等々、今では考えられない遊び方をしていたのを思い出します。
さて現在、私は東北支店から三重の地に来て、いつのまにか1年2か月が経ちました。5歳の娘がちょいちょい関西弁をしゃべるので、違和感を覚える今日この頃です。
現場は三重県南西部に位置し、伊勢平野の用水確保を目的とした調整池工事で、既設の2つのため池を統合拡張するというものです。調整池は4つの堤体(均一型アースダム)からなり、2008年3月に上流側の2つの堤体が完成し湛水を開始。残り2年で既存する下流の堤体を撤去、築堤し湛水池を統合する予定です。

今回、私の住む松阪市について、いろいろ紹介したいと思っていたのですが、残念ながら肉というキーワードしか思いつきません。ということで、松阪牛について少し。
典型的な松阪牛は黒毛和種の雌牛で但馬地方(神戸)から生後7~8か月ほどの選び抜かれた子牛を導入し、約3年間、専門農家が手塩にかけて育てるそうです。飼育方法として牛の食欲を増進するためにビールを飲ませるのが有名な話です。また、毛並みを良くするために焼酎でマッサージをするそうです。なるほど我が家の食卓になかなか現れないのが頷けます。
ただ、地元ならではの利点があり、毎月29日は「肉の日」。松阪牛の安売り日があるのです。当現場も通常、毎月1日に行なう山ノ神(安全祈願)を肉の日に合わせて29日に行なうことが恒例化してきました。みなさんも松阪方面に来る機会がありましたら、極力「肉の日」狙いで来ることをお勧めします。
では、次のリレー者。新入社員時代、学生気分の抜けない自分に身を持って社会の厳しさを教えてくださったクロスケさん、よろしくお願いします。飲み屋ですぐ寝る癖はなおりましたか?
2008年06月27日 13:32 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年06月13日
巨石と桜に囲まれて
名古屋支店の同期、hide君からリレーを受けた「たかディ」です。大阪支店で下水道のトンネル工事で施工を担当しています。
早いもので大阪に来て、もう7年になります。これまで経験した現場は都市部が多く、今の現場は大阪の観光名所のひとつ、大阪城の近くにあります。現場事務所から見るライトアップされた大阪城は、都会のマンションのすきまから浮かび上がっているようで、とても幻想的です。
その大阪城は石垣の規模が格段に大きいだけでなく、堅くて良質の花崗岩からなっています。しかも要所には比類のない巨石が多く使われている城として、全国の城郭でも抜きんでた存在だそうです。その中でも桜門枡形の正面にあるのが、城内一の巨石として知られる蛸石(36畳敷)です。重さは約130トンと推定されます。蛸石という名は、石の表面左端に酸化第二鉄による茶色い蛸の頭形のシミがあることから名付けられたものと考えられているそうです。
また大手口枡形も城内巨石で4番目に大きい大手見付石や5番目の大手二番石などの巨石がふんだんに使われており、大手見付石と大手二番石などの巨石と巨石の隙間には「笑い積み」というユニークな石積みが施されているのも一見の価値があります。
また、この辺は桜の名所も多数あり、大阪城公園・造幣局の「桜の通り抜け」が特に有名です。我が現場の目の前にも地元では有名な桜の名所があります。満開の時期は、うっとりするほどきれいで、花見客もすごい数になります。そんな場所がらTV取材も多く、大阪市長や衆議院議員、NHKなどTV局のほか、お笑い芸人のかつみさゆりや安田大サーカス、月亭八光等が撮影をしていました。
それでは次は、またまた同期つながりになりますがローテーション時、九州支店で一緒だったウッさんに渡します、よろしく。
2008年06月13日 08:30 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年05月30日
タイとカトーン
はじめまして、ダイナカップです。
現在、タイ国にて電力案件に携わっています。
タイについて少々。
日本から直行便が多数出ており、旅の目的地として比較的容易に選ばれる国タイ。よく「微笑みの国」などと呼ばれ、こよなく数字の「9」を愛する人々。笑顔を絶やさず仕事をするのは、これはこれで中々楽ではないが。
タイのラッキーナンバーは「9」。国を挙げてのイベントは必ず何時9分から始まるのだそうだ。車のナンバープレートも「9999」などは、一般人には手が出ないほど。
こういった車とは、車間距離を保ちましょう、とはローカルスタッフ談。お金が集まるおっかない人が所有していることが多いのだそうだ。
現在タイでは、不正資金や賄賂に厳格に対処しようとしている。ローカルTVでも「アンダーテーブル撲滅キャンペーン」なるCMが流れている。しかし元首相が、欧州フットボールクラブを手に入れられるほど…。やはり厳格に対処すべきなのだろう。
とはいえ、フットボール好きな国民性は小職には非常に嬉しい限りである。やはりスーパースターそろいぶみのマンU(マンチェスター・ユナイテッド)がダントツ人気!!赴任先では企業者とのフットボールマッチも盛況に終わり思い出として色濃く残っている。休みの日にはフットボールをしている。
またタイには日本人同好会があり、年に一度、東南アジア諸各国にある日本人チームが参戦するJ-ASIAなるフットボール大会がある。ベトナムチームとして参戦して以来、長く参戦していなかったが、今年はバンコクチームとして参戦したいと思っている。本年度の開催国はベトナム・サイゴン(懐かしい場所である)。また皆と玉蹴りができる、至極のひと時がまたやってくる。
しかしタイは暑い。南はもっと暑い。そして南の人は唐辛子に対して強い。唐辛子に強い男は、もてる。これは天性の能力だ。小職は唐辛子には、ほとほと惨敗である。そんなタイは、海老の世界第一位の輸出国である。街でも安価で手に入る。海老好きの小職にはプリン体の取りすぎに注意が必要である。
タイ人の「桜」好きには衝撃を受けた。どうやら「桜」は日本のイメージにもなっているようだ。タイにも桜がない訳ではないが、日本の「桜」は特別なインプレッションを彼らに与えるのだろう。ちなみにソメイヨシノがフラッグシップ(最高なもの)とされている。個人的には「しだれ桜」が好きだが、あまり共感は得られない。
タイの国花は「オーキッド」である。古きよき時代の日本人と同様、花や自然に対して畏敬の念をもっている。特に水に対しては、その思いも強い。「ロイカトーン」は、そんなタイ人の水に対する感謝の気持ちを込めたお祭り。 「カトーン」を川や海に流し、空に蝋燭凧を揚げる。
これからも「カトーン」のように海を渡り仕事をしていくのだろうか。
バトンは、ベトナム時代から勉強させてもらっている大先輩ペコちゃんに繋ぎます。
2008年05月30日 11:41 | コメント (2) | トラックバック (0) |
2008年05月16日
安産祈願
同期の大ちゃんからバトンを受けました名古屋支店のhideです。
私は現在、森の石松で有名な静岡県の森町にある下水処理場の新設工事現場で働いています。
今回はGW中に大阪にある妻の実家に帰省した時の話を紹介したいと思います。
妻の実家は大阪の太子町で奈良県との県境に位置しています。町名の由来となった聖徳太子のお墓が奉られた叡福寺や日本初の女帝である推古天皇の古墳など、古代飛鳥時代の史跡が数多く点在する歴史文化の町で、京都・奈良辺りは行き尽くしてしまった人には穴場的なスポットですのでお勧めしたいと思います。
さて今回、帰省した目的のひとつは今年の11月に第一子誕生予定となりましたので、少し気が早いですが奈良の子安山・帯解寺(おびとけでら)に安産祈願に行くためでもありました。
この帯解寺は日本最古の安産祈願・求子祈願霊場として有名で、1959年には美智子妃殿下(現皇后陛下)、1991年には秋篠宮紀子妃殿下に安産岩田帯、御守、御祈祷札を献納したほど由緒のある寺です。GWということもあり、かなり待たないとダメかなと思いましたが意外と?空いていました。
最初に、受付で名前・住所・年齢・出産予定日などを記入して、一緒に御祈祷してもらう腹帯、または今風のコルセットタイプを購入。持参してもOKでした。少し待合室で待った後、手にシナモンの様な匂いのお香をもみ込みました。邪心を払うためということです。6組ほどが一緒の御祈祷が始まりました。合唱をしながらお経?を約10分受けました。そして1組ずつ腹帯地蔵(子安地蔵菩薩)の前で祈願してから、その周りを合唱しながら一周しました。地蔵の後ろを通るときに一番願いが叶うといわれています。以上で御祈祷は終了でした。出産予定日まで帯解寺で毎日御祈祷して頂けるそうです。我が家には御守と御札2枚が渡され、御札の1枚は神棚に奉りもう1枚は布で覆い腹帯の中に常に、はさんでおくものだそうです。また、「大人気!犬のぬいぐるみ お守りワンちゃん」という、ひとつひとつが手作りのお守りを買いました。家に飾り予定日まで安産を願おうと思います。
次はこれまた同期つながりで大阪支店のたかディ君にバトンします。
※写真は上から「帯解寺」、「聖徳太子お墓」です。
2008年05月16日 08:48 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年05月02日
ベトナムの休日
こんにちは、国際事業統括支店で土木工事に従事しております「たか」と申します。
はやいもので入社してから10年、海外生活ももうすぐ8年経とうとしています。
日本での生活を久しく送っていないので、日本での休日の過ごし方を忘れかけていますが、ベトナムで久しぶりに過ごした海辺での休日について紹介します。
今回、休日を過ごしたのはファンティエット・ムイネー。ファンティット市はサイゴンから北へ250km、ムイネー村はファンティエット市内から車で20分ほどのところにあります。町の主な産業は漁業で、ベトナム料理に欠かせない上質なヌックマム(魚醤)の産地としてフーコック島と並んで知られています。サイゴン市民の海水浴は南へ1時間半程度のブンタウへ出かけますが、泊りがけの海水浴は4、5時間かけ、ここファンティエット・ムイネーへやってきます。ベトナムのビーチリゾートには少し北にニャチャンというところもあるのですが、ニャチャンに比べてホテルや食事の値段も安く、しかもビーチが綺麗なのでベトナム人にも人気があるようです。
さて、現場宿舎を出発し、2時間かけて山を越えると目の前に広大な南シナ海が見えてきます。その海を見ながら海岸線の一本道をさらに30分ほど走るとムイネー村に到着。かつては小さな漁村でしたが、近年はリゾートホテルがたくさん建てられています。しかし、前述のニャチャンに比べマリンスポーツをあまり見掛けません。マリンスポーツが盛んでないおかげで、一日中何もしないで静かな海を見ながら椰子の木に囲まれたビーチサイドで横になって、ひたすらのんびりと時間を過ごせます。「何も考えない」休日を楽しみたいときは最適なところです。
とはいえ、何もしないのも退屈なので車で走ること20分、ファンティエット海辺のホテルへ。このホテルの敷地内にはビーチはもちろんのこと、ニック・ファルド氏によって設計されたゴルフ場もあり、適当な時間に起きてそのままゴルフへ。ラウンド後はビーチでのんびり、といった楽しみ方もできます。海岸際の心地よい強風と南国ベトナムの燦々と降り注ぐ強烈な日差しと、そして気を失いそうになる暑さの中、気持ちのいい汗をいやというほどかくことができます。
気持ちいい汗をかいた後は、渇いた喉を潤すため海鮮料理の店へ急ぎます。海岸沿いにあるお店では水槽で泳いでいるとれたての生きたカニや海老、貝を焼いたり蒸したりしてもらい、ビールと一緒にたっぷりと楽しむことができます。今回はうちわ海老、わたり蟹、牡蠣をビールとともに頂きました。
気持ちよい汗をかき、美味しいものを食べ、その後ちょっと寄り道をして沈む夕日に向かって、また山の中へと帰りました。
これまで海のことばかり書いてきましたが、ここファンティエットの観光スポットは海以外にほとんどありません。日本からわざわざ訪れるような場所ではないと思いますが、「特に何もない」からこそ本当にのんびりゆっくりできる、そんなところだと思います。
ゆったりした休日を存分に満喫し、また明日から全力に仕事に励もうと思います。
それでは同期でタイでお世話になったダイナカップさん、よろしくお願いします。
※写真は、上から「のんびり過ごせるビーチリゾート」、「ムイネーの海岸」、そして「ファンティエットのゴルフ場」です。
2008年05月02日 08:25 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年04月24日
尾鷲
東北支店のイッチーさんよりリレーを受けた名古屋支店の大ちゃんです。
イッチーさんには私が新入社員の時に、東北新幹線岩手トンネル工事で、仕事と酒と遊びを教えていただきました。毎晩よく飲みましたねー。
さて、私は現在、近畿自動車紀勢線でトンネル工事に携わっています。現場は隣町の紀北町という所ですが、今回は私たち家族5人が住んでいる尾鷲市について紹介したいと思います。
【 雨 】
尾鷲は非常に雨の多い町として有名です。多くの人が尾鷲といえば「雨」を思い浮かべるのではないでしょうか。
実際の降雨量は年間4,000mmほど。これは日本の平均雨量の2-3倍の雨量で、日本では鹿児島県「屋久島」に次いで、2番目の多さです。
また、この地域で1時間に降った記録では、1972年9月14日の139mmが最高です。1時間に30mmの雨でバケツをひっくり返したような雨、50mmで滝のような雨、80mm以上で恐怖を感じる雨というから、すごい雨だったことがわかると思います。

【 熊野古道 】
熊野古道は、紀伊半島南部にあたる熊野の地と伊勢や大阪・和歌山、高野及び吉野とを結ぶ古い街道の総称で、「熊野街道」とも呼ばれています。
熊野古道には伊勢と熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)を結ぶ伊勢路、その伊勢路の花の窟(はなのいわや)から分かれて熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)に向かう本宮道があります。その他、大阪から和歌山を経て熊野に至る紀伊路は田辺で熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)と、そのまま紀伊半島を海岸線沿いに那智へ向かう大辺路(おおへち)、高野山から熊野本宮へ向かう小辺路(こへち)、そして、吉野から熊野本宮へ向かう奥駈道(おくがけみち)と呼ばれる大峯道など、いくつかのルートがあります。
【魚のまち「おわせ」】
尾鷲は季節によって全く異なった種類の魚が水揚げされ、年中楽しむことができます。特に、ひものが有名です。釣吉には、たまらないスポットがたくさんあるそうですよ。
それでは、入社試験のとき、となりの席で最近、名古屋支店管内で一緒に仕事をした同期のhide君にリレーしたいと思います。
2008年04月24日 08:02 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年04月04日
インディアカ
管理人で同期のもたさんからバトンを受け取りました、関東土木支店で会計を担当している、みよちゃんです。
もたさんは入社当時、貫禄があったため同期から「社長」っていわれていましたね。でも私はもたさんは若く見えると思っています。わがままな私たち同期をいつもまとめてくれて、ありがとう。
さて、私たちはこの3月末でハザマ生活、丸10年となりました。
私にとっては支店の統合や移転で変化の多い10年でした。とてもきれいなビルにあった、家から1時間程度の東関東支店に入社したはずが、2年後に関東支店となり秋葉原へ引越し、その後、青山のハザマビルヂングへ移転し、関東土木支店となり現在の虎ノ門。あわせて3回の移転を経験し、3つの支店に所属しました。通勤は往復4時間強という一日の6分の1を移動に費やす毎日です。
ここからは、私が今はまっているインディアカをご紹介します。インディアカはドイツ発祥で簡単にいうとバドミントンとバレーボールを足したようなスポーツです。バドミントンのコートでバレーボールよりも低く、バドミントンよりも高いネットを張って、1チーム4人でプレーします。サーブのあと、レシーブ・トス・アタックと3回以内に相手コートへおもちのような重りのついた羽根(インディアカボール)を手で打ち返します。
やってみると結構ハードなのにプレーヤーの平均年齢はやや高めです。初めての人でも簡単にできることが魅力のひとつです。わがチームは発足後すでに4年がたちますが「はるうらら」のチーム名のように試合ではなかなか勝てません。現在は「市原幕府」の名のもとでインディアカ以外の楽しい企画もおこなっていて、仲間と一緒だと何でもできるような気になります。千葉県市原市で活動していますが、埼玉や東京から来る人もいます。発足当時、千葉にいた現在、大阪在住の我が社のSくんも上京したときは必ず参加してくれています(よね?)。現場が忙しくて最近参加できていないIさん、4月から、またよろしくお願いします。
ところで私は、そんな大好きな「市原幕府」ともハザマとも、しばしお別れをして、今年の7月から2年間ボランティア活動でブラジルに行くことになりました。ブラジルは移民の国といわれていて、日本人も1908年から戦争を挟み25万人が移住しています。「まじめで礼儀正しく勤勉」といわれた日本人はブラジルで高い評価を得て、現在は150万人の日系人が各方面で活躍しているそうです。今年は移民100周年にあたり、日伯両国で様々なイベントが予定されています。私は日系団体が経営している日本語学校で日本語や日本文化の継承のお手伝いをする予定です。
さて、バトンは入社当時に配属された支店が一緒だった同期の国際事業統括支店の「たか」に渡します。東関東支店に入社した同期も今や私たち2人だけ。当時はみんなで海に行ったり、花火したり、旅行したり。楽しいことばかりでした。それでは、たか、よろしくお願いします。
2008年04月04日 09:33 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年03月28日
みちのく三大桜名所
大阪支店の松丸くんから紹介を受けた、東北支店のイッチーです。松丸くんとの思い出は、秋田のダム時代の思い出よりも、2年半前の海外でのダム研修の思い出の方が強く残っています。あっ、ひとつ秋田での出来事を思い出した!
あの頃から松丸くんはRX-7を乗り回していました。しかし、1年の約半分なぜか愛車に乗ることは無かったのです。なぜかというと、雪国である秋田、しかも愛車はFR。という訳でした。彼の話はこのくらいにしておいて・・・
私は現在、東北支店の岩手県遠野市に建設中の東北横断自動車道向落合トンネル工事という現場に勤務しております。一般的にいう「東北道」が「東北縦貫自動車道」で、現在整備されているのが「東北横断自動車道」です。早い話が、日本海と太平洋をつなぐ自動車道です。
さて、私の住まいは現場の遠野市から約40km離れた岩手県北上市です。北上といえば、「展勝地」が有名ですので、少し紹介したいと思います。
北上展勝地(キタカミテンショウチ)の桜は、1920(大正9)年に行われた桜の植栽事業で植えられたそうです。現在、展勝地公園の敷地約2万9300平方メートルに、約1万本の桜と10万株のツツジがあるといわれています。1990(平成2)年、日本さくらの会よりさくらの名所100選に認定され、青森県の弘前、秋田県の角館(カクノダテ)と並んで「みちのく三大桜名所」のひとつに数えられています。樹齢80年以上のソメイヨシノが並ぶ約2kmの桜並木や、陣ヶ丘などで桜を楽しむことができます。さらに、冬は桜並木沿いを流れる北上川に白鳥が飛来してます。
もうすぐ桜の開花が始まります。東北に来て約10年。みちのく三大桜名所も「展勝地」の桜を見れば、すべて制覇になるため、今年は必ず行きたいと思います。
みなさんも機会があれば、お越しください・・・
それでは、次の人にバトンタッチしたいと思います。
岩手トンネルで一緒だった、名古屋支店の大ちゃんお願いします。
盛岡の夜の話はしないでね・・・
2008年03月28日 10:26 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年03月21日
初めての○○
国際事業統括支店の鶴君からバトンを引き継いだ、管理人の もたです。
鶴君の心温まるベトナム滞在記のあとで、何を書こうかと迷いましたが、ここ3週間で経験した「初めての○○」を紹介したいと思います。
初めてのスペーシア
先週末、東武鉄道の特急「スペーシア」に初乗車。その広々とした座席に驚きました。いつもは隣の方に「デカイ男でスミマセン」と恐縮しながら座るのですが、今回は足を伸ばしてもまったく窮屈ではありません。車内販売もなかなか充実しており、アイスクリームの販売もあります。そして何よりもすごいのは、「コンパートメント」いわゆる「個室」があること。2時間弱で降りるのがもったいなかったです。

初めてのジーンズ
先々週末、同期の大島、鶴の両君に「ゼッタイ若返るよ!」とそそのかされて、30ウン年来初めて「ジーンズ」を購入することに。個人的にジーンズは「重い」という印象があり、「巨漢の私がこれ以上重くなる必要はない!」とここまで拒み続けてきました。はいてみればそれほど重さは感じないものの、股上が浅く(小さく)てなんとも心もとない。しゃがむと、お尻が出てしまいそう・・・。慣れるまでには時間がかかりそうです。
初めてのブログリレー
日頃、管理人として会社の出来事などを当ブログに書いていますが、ブログリレーを書くのは初めて。依頼する立場では気がつかなかったのですが、〆切ってあっという間にくるのですね。余裕をもっていたはずが、気がつけば〆切。編集担当の「管理人いちこ」の視線がイタイ。また「原稿の内容はなんでもOKです」と依頼するのですが、なんでもOKというのが意外にクセモノ。これまで執筆頂いた123人の方々に改めて脱帽です。ありがとうございました。そしてこれから執筆される方、何とぞよろしくお願いします!
次は久々の女性社員の登場です。関東土木支店勤務で同期の「みよちゃん」、よろしくね。
2008年03月21日 09:51 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年03月14日
目をさますこと。目がさめること。
東北支店の幡野さんからバトンを受けた大阪支店の松丸です。私が入社して間もない頃、幡野さんに大変お世話になりました。あの頃は東北新幹線は盛岡止まりでしたが、今では八戸まで延伸し、数年後には私達がいた新青森まで開業するんですね。また、お会いする機会があったら、どうぞよろしくお願い申し上げます。
私が所属する現場の小路トンネル工事は、京都・大阪間を結ぶ第二京阪道路にあります。4連メガネトンネルと呼ばれる本トンネルは、施工実績もほとんどない珍しい構造で、山岳NATM工法を用いた市街地での施工なので、日々の騒音・振動の抑制に配慮しながら施工を進めています。現在の進捗は4坑のうち2坑が貫通し、残りの2坑も今年の5月中に貫通の予定です。
さて、私は大阪に来て4年目になるのですが、大阪は電車・バス等の交通の便が良いため自家用車に乗る機会がめっきり減りました。燃費の悪いチューンドカー(RX-7)乗りの私としては、ガス代が浮く、温室効果ガス削減に貢献しているというメリットから、車を売払う、他の実用的な車に乗り換えるという選択肢が頭をよぎる時があります。
しかし、そんな大人の落ち着いた考え方を払拭するイベントがあります。それはスーパーGT選手権(以下GT)です。自動車レースというと、F1がすぐに思い浮かびますが、GTは国内外の市販車をベースとして500馬力または300馬力にチューンドアップしたいわゆるハコ車のレースです。
トップスピードは250km/h程度と300km/hオーバーのF1と比べると物足りなさがありますが(それでも実物はかなり速い)、500馬力車と300馬力車の混走レースなので、周回を重ねるごとに500と300の差が開き、300は周回遅れになります。500は300を交わしながら走行し、300は500をうまく抜かせないといけないので、車のポテンシャル以上にドライバーの技量に左右されるところが見所です。また、何といっても市販車ベースなので、1人乗りで公道は走れないフォーミュラーカーよりも自分が所有する車の究極版という目で見ると、親近感も湧くところがGTならではの魅力だと思います。
エントリーしているドライバーはプロばかりなので、そこで私が走行するわけではないのですが、ド派手なカラーリングと間近で聞くと耳の鼓膜が切れそうになるくらいのエキゾーストノートが、私の眠りかけた闘争心を覚醒させます。これまで、菅生、もてぎ、富士、鈴鹿、岡山と足を運んだので、次は大分オートポリス及びハザマ施工のペトロナスツインタワーを背景に観戦できるマレーシアのセパンサーキットに行ってみたいと思います。
次回は、東北支店在籍時、森吉山ダムで大変お世話になりましたイッチーさんにバトンを渡したいと思います。よろしくお願いします。
2008年03月14日 09:56 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年03月07日
ベトナムのパパ、ママ
こんにちは。
人事部の大島君からバトンを受け取りました。新しい社寮への引越準備と並行して、大慌てでブログの原稿準備をした国際事業統括支店管理部の鶴です。
大島君とは同じ1998年入社の事務係で、公私ともに色々と(…?)お世話になっています。ちなみに、このブログの管理人「もた」さんも私の同期で、彼にも本当にいつもお世話になっています。
たしか一昨年の暮れに、3連チャンで同期入社の関西出身事務係によるバトンリレーが繰り広げられました。今回は関東出身の事務係でバトンをつながるところまで、つなげましょう!
私の所属する国際事業統括支店は、その名の通り当社の海外事業を管轄する支店で、北・中・南米、東南・西アジア、東欧、アフリカ~~~寒い国から暑い国まで、幅広く事業を展開しています。私自身も、フォー(米麺)とアオザイ(ベトナムの民族衣裳)で有名なベトナム社会主義共和国に4年間赴任し、後半の2年半はベトナム中部地域でハイバントンネルという道路トンネルの建設プロジェクトの事務を担当してました。
ここで「ハイバントンネル」の概要について簡単に。。。
このトンネルは日本政府ODA資金(円借款)を利用し、ベトナム運輸通信省(実施機関PMU85)の発注により、物流の幹線である国道1号線上に位置する最大の難所「ハイバン峠(峠道全長約20km、海抜450m)」下に道路トンネルを建設する工事です。ベトナムの古都で観光地でもあるフエ省とベトナム第3の工業・商業都市であるダナン市を結ぶベトナム国初で、東南アジア最大最長の道路トンネルです。
ハイバントンネルの建設概要は、社内外のHP等でこれまで数多く紹介されてきましたのでこれくらいにしておいて…。
では、ベトナムでの思い出をひとつ。このトンネル建設工事が無事終了し、約1年間の残務業務のため、現場近くのダナン市中心部に事務所兼宿舎として一軒家を借りて生活をしました。その頃、私が「ベトナムのパパ、ママ」として慕っていた家主さんである老夫婦がいました。彼らは我々の住む事務所兼宿舎のすぐ隣に息子さん夫婦と同居されていて、ハザマの現場スタッフ全員に対していつも笑顔で、時には冗談を交えながら接してくれました。
彼らはベトナム語しか話せないため、私も当初はスタッフに通訳をして貰いながら会話をしていました。少しずつ挨拶など基本的なベトナム語に慣れ始め、半年も経つと「普通に」とまではいきませんが、Body Languageを交えながら通訳なしで何とか直接会話ができるレベルにまでになり、気づけば私も彼らのことを「パパ、ママ」と自然に呼んでいたりもして。。。
とかく頻繁に言われたことは…
「もういい年なのだから早く結婚しなさいっ!早くあなたのお嫁さんを見せなさい!~」
「あまり遅くまで外出してはいけませんよ!危ないから早めに帰ってきなさい!~」
「日本のパパ、ママにはちゃんと電話をしているの?~」
「暖かくしないと風邪をひくわよ!~」などなど。。。
時には昼食や夕食にも招待してもらい、誕生日にはバースディケーキと花束のプレゼントを頂き、年に1度の花火大会には一緒に連れていってもらい…
とにかく感謝してもしきれない思い出ばかり。。。
ベトナムでの4年間の赴任生活が終わり日本へ戻る際に辛かったのは、もちろん、この慣れ親しんだ国を去る寂しさもありましたが、「ベトナムのパパ、ママ」との別れでした。
帰国してから約半年後の2006年8月、ベトナムへ出張する機会に恵まれ、私はダナン空港に着いてまず一番に彼らのもとへ会いに行きました。。。
「彼女はできたのかい?早く結婚してお嫁さんを見せてねっ!~」
またまた言われてしまいました。再会の際に良い報告ができればと思ったのですが、それはまた次に会う時のために大事にとっておこうと思います。
今後、自分がどこの国でどんな仕事をするのか分かりませんが、その時々、たくさんの場所で出会った人達とのふれあいを大切に持ち続けていきたいと思います。
さて、そろそろバトンを渡さなくては。。。
続けて同期3人目に渡そうと思います。管理人「もた」さん、まだブログリレーには登場してないよね!よろしく!!
2008年03月07日 09:11 | コメント (1) | トラックバック (0) |
2008年02月29日
やってまれ!やってまれ!
北陸支店の樋口さんからタスキを受けた東北支店の幡野です。樋口さんとは、12年前に秋田市内の道路改良工事で一緒に仕事をしました。彼は新入社員として私と同じ現場へ赴任となり、何事にも意欲的に仕事をする姿が印象的でした。仕事だけではなく、釣りをしたり、スキーに行ったり、大自然が良く似合う男だったっけ。
さて、私は去年の10月より青森市内で新幹線の車両基地を担当しております。工事内容は7年の長きにわたり八甲田トンネルの掘削で発生した岩石を受け入れる作業に従事していました。最近は、新幹線をメンテナンスしたりする施設などを造っています。この施設は新青森駅から回送された車両に付着した雪を解かしたり、車両を点検するためのものです。
さて、季節はずれではありますが青森と言えば「倭武多(ねぶた)祭り」が有名です。青森市以外にも、弘前-ねぷた祭り、五所川原-立倭武多祭りなど、勇壮な祭りがたくさんありますが、今回は立倭武多祭りを紹介します。
五所川原市は青森市から南西に30km離れた所にあり、岩木山の北側に位置しています。マラソンで有名な福士加代子や演歌歌手である吉幾三を輩出している町です。倭武多本体は、立倭武多の名前のごとく高さ20mあり、7階建てのビルに匹敵する高さを誇っています。青森倭武多が高さ5m位であることを考えると、その迫力は想像がつくでしょう。立倭武多の歴史は江戸時代までさかのぼります。明治時代に入って電化が進み、電柱や電線など障害物が町中に立てられ、その姿を消してしまいました。しかし、10年前に地元の有志が立ち上がり、立倭武多を復活させたのです。市民の要望により、障害物となる町中の電線が地中化されました。環境が整った今では、140万人が訪れる北東北の一大イベントになっています。
祭りは吉幾三の歌に始まり、『やってまれ!やってまれ!』といった独特の掛け声で、さらに一層盛り上がります。青森倭武多祭りなどの統制の取れた祭りといった感じではなく、市民の手作り感あふれる祭りです。厳冬期に作った倭武多への思いや収穫を前にした農家の人たちの思いなどが市民の心をひとつにして、祭り自体に連帯感を生みだしています。当日は周回コースに面した高い所に陣取ってビール片手に観覧するのが最高です。(何せデカイいので、首が疲れるのが難です)
祭り以外の季節でも、『立倭武多の館』では巨大倭武多を常設しているのでいつでも見ることができます。
雪深い青森ですが、もう春の兆しが訪れています。新幹線が開業すれば東京まで最速3時間です。一度あの掛け声を聞きにいらっしゃいませんか?
次は、かつて、この車両基地担当だった大阪支店の松丸さんへタスキを渡したいと思います。
2008年02月29日 09:21 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年02月22日
竹刀をクラブに持ち替えて
人事部給与厚生サービス室の大島です。西原さん、奥さんのノリちゃん、お元気ですか?西原さんの防具姿にビックリ!きっとノリちゃんの子供達なら立派な剣士になるよね、数年後の『剣道日本○月号』楽しみにしていますよ!
さて、今回のリレーを依頼されたとき、「良いですよ~」なんて呑気な返事をしてみたのですが、「ネタが無いっ!無い~!!」。得意の剣道ネタで攻めようかと考えていたところ、西原さんとネタが重複…更には引越準備で新しいネタを考えて取材する余裕なんて…(締切日が引越の翌日)。困り果て、散々悩んだ挙句、出した答えは趣味の「ゴルフ」。突っ込みどころ満載な話題なので避けたかったのですが、これしか思いつかなかったので御容赦下さい。ゴルフといっても私のようなヘボゴルファーが技術論を語れる訳も無いので、そちらは諸先輩方に譲ると致しまして、最近読んだゴルフについての面白い本の話を。
大学時代の剣道部同期で定期的に行なっているコンペに参加した折、スコアが悪かった小生に皆が寄って集って指導してきます。
【以下、面を叩かれすぎて細胞が随分減ってしまった連中の風呂場での会話】
A:「テイクバックはこうやって引くんだよ(身振り手振りを交え)」
B:「いや、体重移動がこうなっているからダメなんだよ(同上)」
オオシマ:「そんなふうに動けないんだけど(同上)」
C:「運動軸が違うからオーシマにはAとBが言うようには動けないのだよ。ヒトの身体の動かし方にはタイプがあって…」、云々(さも持説のように得意気に披露)。
一同:「。。。。(理論的な発言に思考回路が停止)」
帰り道に「オマエはこれを読め!」と、Cに強制的に買わされた本の名は『ゴルフ4スタンス理論(著者:廣戸聡一)』。昨年、深夜のスポーツ番組で紹介されて以来、結構話題になっているそうです。「人間のスタンスは4つのタイプに分けられ、重心位置がそれぞれ異なる。そのタイプによって、パフォーマンスを最大にするカラダの動かし方も変わる」。うーん、何だか血液型みたいだぞ…。要約すると、足裏を4分割し前後内外どこに体重を乗せているかで、運動軸の置き方が違うから、スイングの基本も人により違うというもの。野球でいうとイチローと松井。双方とも左打者ですが、バッティング時の写真を見るとイチローは前足を、松井は後足を軸に回転運動しているのが分ります。本書はその理論をゴルフに当てはめたもの。面白かったのが、自分がどのタイプに属しているかを判定するいくつかの方法があるのですが、これを試してみると本当に人それぞれ結果が違うんです。最初は半信半疑で買った(買わされた)のですが、いつのまにかその内容に感心しきり。ここではこの程度しか紹介できませんが、難しい技術論は一切ナシで気軽に読めますから、興味のある方はちょっとのぞいてみてはいかがでしょうか?
さてその後、本書を読み終えた私が得たものは、劇的なスコア!ではなく、今まで教えてもらった方法が私のカラダには合わなかったんだなという妙な納得感。どうやら私には理論より精神論が必要なようです。
次回は同期の鶴君、引越とブロクの原稿は早めに準備しようね。それでは宜しく!
2008年02月22日 09:30 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年02月15日
鉄男、鉄子の旅
関東土木支店の古川さんよりタスキを受けた、北陸支店の樋口です。古川さんとは同期入社で、初めての現場が一緒でした。酒を酌み交わし、いろいろとお世話になりました。ハザマを背負って立つトンネルマンとして今後の活躍を期待しています。
私は現在、富山県の横江作業所 横江頭首工二期建設工事に従事しております。わが国有数の暴れ川、常願寺川に築造された頭首工(取水堰)から取水する水路、頭首工上にかかる橋等を造っている現場なのですが、なんと現場から2~3分も歩けば電車の駅(富山地方鉄道 横江駅)がある、アクセス便利な場所なのです。しかも自然豊富。春は山菜が採れ、夏は川遊び、秋は紅葉、冬は一面雪景色、猿、鹿、はたまた熊まで出没するのは玉にきずですが、いいところですよ、観光には。頭首工が完成すれば、横江駅の新観光名所として請け合いです。
ところで、昔はスキーに釣りに自転車バイク、と、いろいろかじってみましたが、最近はもっぱら列車。どこの子供もそうでしょうが、うちの3歳になる息子も例外に漏れず列車好き。休みになれば、列車を見たり乗ったりを絡ませながらのドライブです。先日も「タブレット交換」なるものを見学する為に房総の久留里線に乗りに行き、ローカル線を満喫してきました。タブレット交換、みなさん御存知ですか?
簡単に言うと「鍵の交換」のようなもので、単線で列車と列車の衝突を防ぐために、ある区間でただ一つあるタブレット(鍵)を持っている列車のみがその区間を運行でき、その区間を出て次の区間に入るときに、入れ違いになる列車と区間ごとのタブレットを交換する、という行為です。どうも今は貴重な光景のようです。ちなみに初めてお目にかかりました。
こんな息子のおかげで、かみさんともども時刻表、『鉄道ジャーナル』、漫画『鉄子の旅』などで勉強しながら、“鉄ヲタ”化邁進中ですが、なにぶん自分の意思と関係なく連れ回している下の娘(10か月)の行く末が心配な今日この頃です。
それでは、次は私がフレッシュマンだったあの頃にお世話になった、東北支店の幡野さんにバトンを渡します。よろしくお願いします。
※写真は上から、「息子と江ノ電前にて」、「電車からの景色に夢中な息子たち」、最後は「久留里線でのタブレット交換」です。
2008年02月15日 09:40 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年02月08日
少年剣道団
同期の設備担当・内田くんからバトン、いやタスキを受取ってしまった東北支店尾駮作業所(建築)の西原です。内田くんと共に過ごした白河の現場が終って、はや4か月。たまに飲みに行くと、酒が飲めないのに夜は酔っ払い以上に、はしゃいでいましたね。私はよく感心したものです。今の現場は冬の気象条件が悪く、作業効率が悪いため、1月、2月は冬季休業です。その間に客先へ提出する書類作成、施工検討、図面のチェック、打合せ等、机上のみでの仕事になり、運動量が減ってしまいます。そのせいで身体に余計な肉がまとわりつき、今流行のメタボリックな体になってきております。去年の夏は子供と海水浴に行けたのに、今年は恥ずかしくて行けそうにもありません。白河では私の家族についてあまり話すことがなかったので、近況を少しだけお話します。
こんな私にも結婚して妻が一人、子供が二人程(今年5月に三人になる予定)おります。娘(7才)は女の子らしく育てたいという私の気持ちをよそに、単身赴任している間に妻が『少年剣道団』に入団させてしまいました。まだ5才の息子までも。週末、家に帰ると妻(剣道四段、全日本女子に出場経験有)が妊娠しているにもかかわらず竹刀を持ち、朝から外で子供達を指導する声が聞こえてきます。私は剣道に興味はなく、少年剣道団の練習も1度、見学に行ったきりでしたが、今年の正月早々、剣道団の『親子剣道大会』に出場してきました。この大会というのは剣道素人の親と、剣道をやっている子供に試合をさせて、みんなで楽しもう、という私にとっては残酷な催しです。
試合前後の挨拶の仕方と面の打ち方を先生から習って、慣れない胴着・防具を着用させられ、娘と息子とそれぞれ5分間の試合をしました。子供達が予想外に抵抗してくるのにちょっと大人げなくなりながら。余裕で勝てると思っていましたが、娘には一本負け、息子とは引き分けとなんとも情けない結果に終ってしまいました。剣道では体の大小は関係無いようです。剣を交えたのは10分間でしたが、試合をやっている時の面越しの子供達の目は熱く、お父さんがいなくても子供達は日々たくましく成長していることが実感できるいい機会でした。今年から子供達も試合に出るようです。どこかのお父さんのように、休日は子供の試合のために車で走り回ることを覚悟した正月でした。
そんなわけで次は人事部の大島くんにタスキを渡したいと思います。東北支店を離れて何年くらい経ったでしょうか。寮の部屋に妻が来て怒られたのを思い出します。なぜ怒られたかは大島くんだけは知っているよね。東北支店時代をたまには思い出してね。それではよろしく~。
※写真は、剣道の試合後に撮った家族写真です。
2008年02月08日 09:30 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2008年02月01日
松姫さん
土木事業本部の伊藤さんからバトンを受けた関東土木支店の古川です。伊藤君とは千葉県のトンネル現場で一緒になり、いろいろ助けて頂きました。業務が多忙になり徹夜が続いてしまうと伊藤君は、たまに鼻血が出るので心配しましたが、その後も忙しい日々を送っているとのこと。身体には気をつけてがんばって下さい。
現在、私は山梨県大月市にある松姫トンネルで勤務しています。松姫トンネルは全長3,066mのトンネルで、そのうち1,894.5mをハザマが担当しています。トンネルが開通すると、道幅が狭く急峻な勾配のつづらおりの松姫峠が10km短縮され、所要時間は30分も短くなります。
ところで、このトンネル名の由来である松姫さんて、どんな人?私が知っていたのは武田信玄の娘であったこと、武田家滅亡の際にこの松姫峠を通って逃げたことの2つだけでした。後に松姫さんは、このトンネルの上部の峠で討