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2008年02月29日
やってまれ!やってまれ!
北陸支店の樋口さんからタスキを受けた東北支店の幡野です。樋口さんとは、12年前に秋田市内の道路改良工事で一緒に仕事をしました。彼は新入社員として私と同じ現場へ赴任となり、何事にも意欲的に仕事をする姿が印象的でした。仕事だけではなく、釣りをしたり、スキーに行ったり、大自然が良く似合う男だったっけ。
さて、私は去年の10月より青森市内で新幹線の車両基地を担当しております。工事内容は7年の長きにわたり八甲田トンネルの掘削で発生した岩石を受け入れる作業に従事していました。最近は、新幹線をメンテナンスしたりする施設などを造っています。この施設は新青森駅から回送された車両に付着した雪を解かしたり、車両を点検するためのものです。
さて、季節はずれではありますが青森と言えば「倭武多(ねぶた)祭り」が有名です。青森市以外にも、弘前-ねぷた祭り、五所川原-立倭武多祭りなど、勇壮な祭りがたくさんありますが、今回は立倭武多祭りを紹介します。
五所川原市は青森市から南西に30km離れた所にあり、岩木山の北側に位置しています。マラソンで有名な福士加代子や演歌歌手である吉幾三を輩出している町です。倭武多本体は、立倭武多の名前のごとく高さ20mあり、7階建てのビルに匹敵する高さを誇っています。青森倭武多が高さ5m位であることを考えると、その迫力は想像がつくでしょう。立倭武多の歴史は江戸時代までさかのぼります。明治時代に入って電化が進み、電柱や電線など障害物が町中に立てられ、その姿を消してしまいました。しかし、10年前に地元の有志が立ち上がり、立倭武多を復活させたのです。市民の要望により、障害物となる町中の電線が地中化されました。環境が整った今では、140万人が訪れる北東北の一大イベントになっています。
祭りは吉幾三の歌に始まり、『やってまれ!やってまれ!』といった独特の掛け声で、さらに一層盛り上がります。青森倭武多祭りなどの統制の取れた祭りといった感じではなく、市民の手作り感あふれる祭りです。厳冬期に作った倭武多への思いや収穫を前にした農家の人たちの思いなどが市民の心をひとつにして、祭り自体に連帯感を生みだしています。当日は周回コースに面した高い所に陣取ってビール片手に観覧するのが最高です。(何せデカイいので、首が疲れるのが難です)
祭り以外の季節でも、『立倭武多の館』では巨大倭武多を常設しているのでいつでも見ることができます。
雪深い青森ですが、もう春の兆しが訪れています。新幹線が開業すれば東京まで最速3時間です。一度あの掛け声を聞きにいらっしゃいませんか?
次は、かつて、この車両基地担当だった大阪支店の松丸さんへタスキを渡したいと思います。
2008年02月29日 09:21 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月22日
竹刀をクラブに持ち替えて
人事部給与厚生サービス室の大島です。西原さん、奥さんのノリちゃん、お元気ですか?西原さんの防具姿にビックリ!きっとノリちゃんの子供達なら立派な剣士になるよね、数年後の『剣道日本○月号』楽しみにしていますよ!
さて、今回のリレーを依頼されたとき、「良いですよ~」なんて呑気な返事をしてみたのですが、「ネタが無いっ!無い~!!」。得意の剣道ネタで攻めようかと考えていたところ、西原さんとネタが重複…更には引越準備で新しいネタを考えて取材する余裕なんて…(締切日が引越の翌日)。困り果て、散々悩んだ挙句、出した答えは趣味の「ゴルフ」。突っ込みどころ満載な話題なので避けたかったのですが、これしか思いつかなかったので御容赦下さい。ゴルフといっても私のようなヘボゴルファーが技術論を語れる訳も無いので、そちらは諸先輩方に譲ると致しまして、最近読んだゴルフについての面白い本の話を。
大学時代の剣道部同期で定期的に行なっているコンペに参加した折、スコアが悪かった小生に皆が寄って集って指導してきます。
【以下、面を叩かれすぎて細胞が随分減ってしまった連中の風呂場での会話】
A:「テイクバックはこうやって引くんだよ(身振り手振りを交え)」
B:「いや、体重移動がこうなっているからダメなんだよ(同上)」
オオシマ:「そんなふうに動けないんだけど(同上)」
C:「運動軸が違うからオーシマにはAとBが言うようには動けないのだよ。ヒトの身体の動かし方にはタイプがあって…」、云々(さも持説のように得意気に披露)。
一同:「。。。。(理論的な発言に思考回路が停止)」
帰り道に「オマエはこれを読め!」と、Cに強制的に買わされた本の名は『ゴルフ4スタンス理論(著者:廣戸聡一)』。昨年、深夜のスポーツ番組で紹介されて以来、結構話題になっているそうです。「人間のスタンスは4つのタイプに分けられ、重心位置がそれぞれ異なる。そのタイプによって、パフォーマンスを最大にするカラダの動かし方も変わる」。うーん、何だか血液型みたいだぞ…。要約すると、足裏を4分割し前後内外どこに体重を乗せているかで、運動軸の置き方が違うから、スイングの基本も人により違うというもの。野球でいうとイチローと松井。双方とも左打者ですが、バッティング時の写真を見るとイチローは前足を、松井は後足を軸に回転運動しているのが分ります。本書はその理論をゴルフに当てはめたもの。面白かったのが、自分がどのタイプに属しているかを判定するいくつかの方法があるのですが、これを試してみると本当に人それぞれ結果が違うんです。最初は半信半疑で買った(買わされた)のですが、いつのまにかその内容に感心しきり。ここではこの程度しか紹介できませんが、難しい技術論は一切ナシで気軽に読めますから、興味のある方はちょっとのぞいてみてはいかがでしょうか?
さてその後、本書を読み終えた私が得たものは、劇的なスコア!ではなく、今まで教えてもらった方法が私のカラダには合わなかったんだなという妙な納得感。どうやら私には理論より精神論が必要なようです。
次回は同期の鶴君、引越とブロクの原稿は早めに準備しようね。それでは宜しく!
2008年02月22日 09:30 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月15日
鉄男、鉄子の旅
関東土木支店の古川さんよりタスキを受けた、北陸支店の樋口です。古川さんとは同期入社で、初めての現場が一緒でした。酒を酌み交わし、いろいろとお世話になりました。ハザマを背負って立つトンネルマンとして今後の活躍を期待しています。
私は現在、富山県の横江作業所 横江頭首工二期建設工事に従事しております。わが国有数の暴れ川、常願寺川に築造された頭首工(取水堰)から取水する水路、頭首工上にかかる橋等を造っている現場なのですが、なんと現場から2~3分も歩けば電車の駅(富山地方鉄道 横江駅)がある、アクセス便利な場所なのです。しかも自然豊富。春は山菜が採れ、夏は川遊び、秋は紅葉、冬は一面雪景色、猿、鹿、はたまた熊まで出没するのは玉にきずですが、いいところですよ、観光には。頭首工が完成すれば、横江駅の新観光名所として請け合いです。
ところで、昔はスキーに釣りに自転車バイク、と、いろいろかじってみましたが、最近はもっぱら列車。どこの子供もそうでしょうが、うちの3歳になる息子も例外に漏れず列車好き。休みになれば、列車を見たり乗ったりを絡ませながらのドライブです。先日も「タブレット交換」なるものを見学する為に房総の久留里線に乗りに行き、ローカル線を満喫してきました。タブレット交換、みなさん御存知ですか?
簡単に言うと「鍵の交換」のようなもので、単線で列車と列車の衝突を防ぐために、ある区間でただ一つあるタブレット(鍵)を持っている列車のみがその区間を運行でき、その区間を出て次の区間に入るときに、入れ違いになる列車と区間ごとのタブレットを交換する、という行為です。どうも今は貴重な光景のようです。ちなみに初めてお目にかかりました。
こんな息子のおかげで、かみさんともども時刻表、『鉄道ジャーナル』、漫画『鉄子の旅』などで勉強しながら、“鉄ヲタ”化邁進中ですが、なにぶん自分の意思と関係なく連れ回している下の娘(10か月)の行く末が心配な今日この頃です。
それでは、次は私がフレッシュマンだったあの頃にお世話になった、東北支店の幡野さんにバトンを渡します。よろしくお願いします。
※写真は上から、「息子と江ノ電前にて」、「電車からの景色に夢中な息子たち」、最後は「久留里線でのタブレット交換」です。
2008年02月15日 09:40 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月12日
第5回コンストラクションワンダーランド開催のお知らせ

管理人のもたです。
(社)日本建設業団体連合会、(社)日本土木工業協会、(社)建築業協会では、小中学生およびその親を対象に建設業の理解促進のためイベントを開催します。
開催日時は2月17日(日) 午前9時30分-午後4時50分
会場は東京・竹橋にある科学技術館「建設館」です。
このイベント、昨年は大阪で開催されましたが、今年は再び東京での開催となります。
橋やビルの模型作りを通じて建設技術を学ぶイベントや、震度7の地震を体験するイベントなどが行われます。この機会にご家族で建設業の技術に触れてみてください。
開催内容の詳細はこちら
2008年02月12日 10:00 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月08日
少年剣道団
同期の設備担当・内田くんからバトン、いやタスキを受取ってしまった東北支店尾駮作業所(建築)の西原です。内田くんと共に過ごした白河の現場が終って、はや4か月。たまに飲みに行くと、酒が飲めないのに夜は酔っ払い以上に、はしゃいでいましたね。私はよく感心したものです。今の現場は冬の気象条件が悪く、作業効率が悪いため、1月、2月は冬季休業です。その間に客先へ提出する書類作成、施工検討、図面のチェック、打合せ等、机上のみでの仕事になり、運動量が減ってしまいます。そのせいで身体に余計な肉がまとわりつき、今流行のメタボリックな体になってきております。去年の夏は子供と海水浴に行けたのに、今年は恥ずかしくて行けそうにもありません。白河では私の家族についてあまり話すことがなかったので、近況を少しだけお話します。
こんな私にも結婚して妻が一人、子供が二人程(今年5月に三人になる予定)おります。娘(7才)は女の子らしく育てたいという私の気持ちをよそに、単身赴任している間に妻が『少年剣道団』に入団させてしまいました。まだ5才の息子までも。週末、家に帰ると妻(剣道四段、全日本女子に出場経験有)が妊娠しているにもかかわらず竹刀を持ち、朝から外で子供達を指導する声が聞こえてきます。私は剣道に興味はなく、少年剣道団の練習も1度、見学に行ったきりでしたが、今年の正月早々、剣道団の『親子剣道大会』に出場してきました。この大会というのは剣道素人の親と、剣道をやっている子供に試合をさせて、みんなで楽しもう、という私にとっては残酷な催しです。
試合前後の挨拶の仕方と面の打ち方を先生から習って、慣れない胴着・防具を着用させられ、娘と息子とそれぞれ5分間の試合をしました。子供達が予想外に抵抗してくるのにちょっと大人げなくなりながら。余裕で勝てると思っていましたが、娘には一本負け、息子とは引き分けとなんとも情けない結果に終ってしまいました。剣道では体の大小は関係無いようです。剣を交えたのは10分間でしたが、試合をやっている時の面越しの子供達の目は熱く、お父さんがいなくても子供達は日々たくましく成長していることが実感できるいい機会でした。今年から子供達も試合に出るようです。どこかのお父さんのように、休日は子供の試合のために車で走り回ることを覚悟した正月でした。
そんなわけで次は人事部の大島くんにタスキを渡したいと思います。東北支店を離れて何年くらい経ったでしょうか。寮の部屋に妻が来て怒られたのを思い出します。なぜ怒られたかは大島くんだけは知っているよね。東北支店時代をたまには思い出してね。それではよろしく~。
※写真は、剣道の試合後に撮った家族写真です。
2008年02月08日 09:30 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月07日
大畑(おこば)ループ線を訪ねて
管理人の もたです。先日、九州支店新武岡トンネルの取材で倉富所長にインタビューした際、休日にJR九州・肥薩線の「大畑ループ線」を訪ねた話しを聞きましたので、その一部を紹介したいと思います。
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この現場に単身赴任して2年、たまの週末に自宅がある福岡と行き来する途中、名所・名跡を訪ねることにしています。少し前になりますが、当社の先人達が100年前に施工したJR九州・肥薩線の大畑ループ線を訪ねました。
肥薩線は、明治42年の開通当初は鹿児島線と呼ばれ、熊本と鹿児島を結ぶ唯一のルートでした。海岸周りの路線(現在の肥薩おれんじ鉄道)が昭和2年に全通した際、肥薩線と改称されました。この肥薩線の大畑(おこば)-人吉間の一部を当社が施工したのです。
「間組百年史」によると、当社は明治40年にこの工事を請負っています。人吉から大畑までは約10.5km。1000分の25の勾配で標高差186.2mを登りきります。さらに大畑から矢岳までの約9.5kmは、標高差242.3mを1000分の25から30.3にわたる急勾配で登りつめる・・・。この勾配対策として、大畑にループ線(下図参照)がつくられ、ここが日本初のループ線となったのです。

↑ループ線
それでは、先人達が施工を担当した区間をたどってみましょう。
人吉から約10km足らずの地点で、まず横平隧道(503m)に入ります。それを抜けたところにある大畑ではスイッチバックして向きを変え、直径約800mの環状をえがきながら山腹をめぐり、横平隧道の上を横切って次の矢岳に向かいます。
大畑の駅に隣接して、「鉄道工事中殉難病没者追悼記念碑」が建立されています。2年余りの難工事の陰で13人もの尊い命が失われているのです。


↑大畑駅 ↑慰霊碑(間組建立)
更に山間を進むと矢岳隧道(延長2096m・他社施工)にさしかかります。このトンネルは、当時の技術力からいえば現在のアクアラインに匹敵する大工事で、人吉方の坑口には当時の逓信大臣 山縣伊三郎による『天険若夷』(テンケンイノゴトシ・・・天下の難所を平地のようにした)吉松方の坑口には、当時の鉄道院総裁 後藤新平による『引重致遠』(オモキヲヒキイテトオキニチス・・・多くの人や荷物などの重いものをどんどん遠くへ運搬することができる)の石額が掲げられています。余談ですが、この路線を走る観光列車「いさぶろう」「しんぺい」号の名はこの二人に由来しており、石額の位置にちなみ、人吉から吉松に向かう列車が「いさぶろう」号、吉松から人吉に向かう列車が「しんぺい」号として運転されているそうです。


↑天険若夷 ↑引重致遠
今でこそ素晴らしい風景を眺めつつ、快適に列車で越えられますが、それは百年前、生命をかけて工事に従事した先人達のおかげなのだということを改めて感じさせられた一日になりました。
2008年02月07日 14:25 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2008年02月01日
松姫さん
土木事業本部の伊藤さんからバトンを受けた関東土木支店の古川です。伊藤君とは千葉県のトンネル現場で一緒になり、いろいろ助けて頂きました。業務が多忙になり徹夜が続いてしまうと伊藤君は、たまに鼻血が出るので心配しましたが、その後も忙しい日々を送っているとのこと。身体には気をつけてがんばって下さい。
現在、私は山梨県大月市にある松姫トンネルで勤務しています。松姫トンネルは全長3,066mのトンネルで、そのうち1,894.5mをハザマが担当しています。トンネルが開通すると、道幅が狭く急峻な勾配のつづらおりの松姫峠が10km短縮され、所要時間は30分も短くなります。
ところで、このトンネル名の由来である松姫さんて、どんな人?私が知っていたのは武田信玄の娘であったこと、武田家滅亡の際にこの松姫峠を通って逃げたことの2つだけでした。後に松姫さんは、このトンネルの上部の峠で討ち死にしたといい伝えられています。現場で何かトラブルが発生すると松姫さんの祟りではないかと勝手な想像(妄想)が膨らんでしまいます。

そんなある日、東京・八王子でぶらぶらと街を探索していたら、市内に「松姫通り」というものがあることに気がつきました。デパートの地下には「松姫モナカ」なるものが売られています。なぜ八王子に松姫さんの名前が残っているのか?よくよく調べてみると、元身内・家臣の小山田勢の攻撃を受けながらも無事、松姫峠脱出をクリアー!現在の八王子まで逃げおおせて、子供たちに読みかき等を教えながら出家して暮したということでした。さらに調べてみると松姫さん、実は織田信長の嫡男織田信忠さんと婚約をしていたらしいのです。本人達は一度も会ったことがなく、手紙のやりとりの中で愛を高めあっていたそうです。結局、織田家も武田家も双方とも滅亡し、2人が一緒になることはなかったのです。松姫さんは生涯夫を持たずに純愛を貫きとおしたそうです。少し悲しい話で終わってしまうのです。
そんな由来のトンネルを複雑な気分で掘り進め、2月末には掘削距離が1,000mに到達しようとしています。
そんなおり、柄にも無くそんな歴史ロマンに触れるため、大月市にある小山田城跡である岩殿城に行ってきました。その断崖絶壁の頂きまでは登山道が整備されてはいますが、体力の衰えた私には少々応えました。しかし、OH!フジヤマ!その景色は絶景でした。
ちなみに松姫さんは、たいへんな美しさで有名だったとか・・・。
さて、次のバトンは同期の樋口君に渡したいと思います。よろしく。
2008年02月01日 09:29 | コメント (0) | トラックバック(0) |
大阪支店京都高辻通り作業所の北村卓也さんから

こんにちは。管理人いちこです。
大阪支店京都高辻通り作業所の北村さんからお便りを頂きました。
タフネス北村さん、よろしく!
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京都の中心部、四条烏丸から徒歩5分のところに私たちの現場はあります。四条烏丸といえば京都夏の風物詩「祇園祭」山鉾巡行のスタート地点としても有名です。祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭と並び日本三大祭のひとつとされ、毎年7月に1か月にわたり行われる長い祭りですが、山鉾巡行やその前夜祭である宵山が中心となっています。左の写真は室町通りの様子ですが、宵山には約40万人が訪れ、一部、歩行者天国となる四条通りと室町通りは人、人、人で埋め尽くされます。そのため周辺の通りは交通規制がかかり、私たちの現場も例外ではありません。昨年の期間中は4日間、搬出入ができなくなり、京都に多くみられる「うなぎの寝床」といわれる間口(12m)に対して奥行きが60mと長い敷地に資材を先行して取り込まなければなりませんでした。また、建物が敷地いっぱいに計画されているため、資材の置場にも頭を悩ませました。
また普段でも現場への車輌の出入りは南面一方向からしかできないのも悩みの種です。右写真は現場西側の状況ですが、写っている道路は私道で、現場の東側にある昔ながらの神社参道のため資材の取り込みもできません。どうしても搬出入のための交通整理、時間調整に骨をおります。翌日のための作業ミーティングでは時間の大半をそれらの調整に費やすこともあります。
そんな京都の伝統、文化に触れて毎日楽しく、時には苦しく(?)、地上7階、地下1階建てマンションを建築しているのは、仕事も遊びも一生懸命、頭が切れる人情派、砂川所長、クールで粘り強いが、とてもお茶目な堀主任、そして筆者である自称タフネス、北村の3人です。今年8月末の竣工まで、もう一回、竣工間際に祇園祭があり大変になりそうですが、3人で力を合わせ、よい建物を造りますので応援して下さい。あっ、あと「兼務ですから」が口癖の、「小しゃくな設備担当」、須崎さんもいました。
最後になりましたが、現場近くの室町通り沿いには、昨年度ハザマが施工した2つの物件があります。京都にお立寄りの際は、私たちの現場とあわせ、のぞいてみてください。
※写真は上から「室町通り」、「現場西側の状況」、そして「クレーンに乗っている現場メンバー」です。
2008年02月01日 06:30 | コメント (2) | トラックバック(0) |