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2006年05月31日
「ウォーターボトル工法」発表
管理人のくりです。
本日午前中に、ハザマ本社において「ウォーターボトル工法開発」という記者発表をいたしました。新工法の詳細はこちらをご覧ください。
「遊水池」と言っても、すぐにはどんなところなのか思いつかないかもしれません。高台や丘陵を切り開いて造られた造成地にお住まいの方なら思い浮かぶ人がいるかもしれません。短時間に強い雨が降った場合、直接降った雨が河川に流れ込み、それらが増水・氾濫することを避けるため、大規模な造成地では遊水池と呼ばれる大きな穴が掘られ、万が一の時には少しづつ河川に放流できるように設置されています。言い換えれば、大雨の時だけに水が貯まる大きな水がめのようなものです。
大雨や台風といった非常時には大変重要な役割を果たす施設ですが、普段はただの穴ぼこです。読んで字のごとく、雨が降らない限りは「遊」ばしておくだけなのです。横浜などの高級住宅地では、そんな遊水池をそのまま放っておくのは地価を考えるととてももったいない。そこで、以前から人工地盤と呼ばれる地面を造って、池の上に蓋のように被せ、マンションやショッピングセンターを作って有効利用していました。
そんな遊水池の有効利用する価値をさらに高めるためにハザマが提案するのが、この「ウォーターボトル工法」です。人工地盤を支える柱に中が空洞になっている鋼管を使うことで、水筒(ウォーターボトル)のように大雨時には鋼管の中に雨水を貯留します。そうすることで遊水池が本来必要とされる貯水量が確保できるのです。(くわしくはリリースをご参照のほど)
夏に向かうこれからの季節、水筒にご厄介になる方も多いはず。水筒を手に取った時には、この「ウォーターボトル工法」をぜひ思い出してくださいね。
2006年05月31日 15:27 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月30日
常陽新聞掲載コラム「ふしぎを追って」から-その9-
管理人のくりです。本シリーズも9回目を迎えました。すでに新聞では13回目が掲載されましたので、来週は二回掲載したいと思っております。(まだまだ続きますので乞うご期待!)
さて、今回のテーマは「セメントはなぜ固まるの?」です。なぜ固まるのかの秘密は本文を読んでいただくとして、「セメント」に水と砂、砂利を混ぜて作るのが「コンクリート」ってご存知でしたか?意外とこの二つの言葉をゴッチャにしている人が多いような気がします。そしてこのコンクリートはとてもデリケートなものであることは本文の最後の方に書かれていますが、気温や湿度などの自然環境や建設条件によってその配合を考えないといけないのです。大量のコンクリートを扱うダム現場などでは、設計強度にあったコンクリートになっているかどうか毎日のように品質検査をやっているんですよ。
セメントって結構面白そうな題材だったので、いろいろと検索していたらセメントメーカーさんのホームページに役に立ちそうなページを発見しました。ご紹介しておきます。
2006年05月30日 10:40 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月25日
管理人ろうこ、卒業します!
こんにちは、管理人 ろうこです。
昨年7月にオープンして以来、大変お世話になりましたが、今日で私はブログを卒業することになりました。
これまで、たくさんのお手紙を投稿してくださった皆様、本当にありがとうございました!
さて、私の後任ですが、素晴らしい2人が跡を引き継いでくれることになりましたので、紹介します。
まずは、新管理人「もた」くんです。
管理人をつとめさせて頂く「もた」です。最近はまっているのが、近代建造物探索。先日もトンネル跡探索で崖を登り藪の中を進んだのですが、自分の巨体が行く手を阻む!これを機にダイエットと思いつつも、探索後のビールがやめられない私です。
もたくんの楽しみはおいしい食事とお酒!誘って頂ければ、地の果てまでも!!

もう1人の新管理人は「いちこ」ちゃんです。
最近までゼネコンが何の略称かさえも知らなかった新人管理人です。超ど素人視点で、今のハザマをお知らせします!(いつかは知識豊富?!予定)
「いちこ」ちゃんは、一見おとなしそうに見えますが、見えるだけです。見かけたあなた!ぜひ、真の「いちこ」ちゃんと触れ合ってください。
ということで、これからもハザマブログは永遠に?続く予定です。
管理人 くり 共々、今後ともよろしくお願いします!
私も、時々コメントなどで出没したいと思っております。
では!
2006年05月25日 08:10 | コメント (0) | トラックバック(0) |
新・エンジンプロジェクトメンバーの紹介です

管理人:

管理人 くり
僭越ながら管理人をさせていただきます。このBlogを通じて、ハザマの公式ホームページでは伝えにくい、うちの会社のリアルな姿をご紹介することができればな、と思っています。特技は「幹事」。頼まれたら嫌といえない性格を改めようと思案中。

管理人 もた
管理人をつとめさせて頂く「もた」です。最近はまっているのが、近代建造物探索。先日もトンネル跡探索で崖を登り藪の中を進んだのですが、自分の巨体が行く手を阻む!これを機にダイエットと思いつつも、探索後のビールがやめられない私です。

管理人 いちこ
最近までゼネコンが何の略称かさえも知らなかった新人管理人です。超ど素人視点で、今のハザマをお知らせします!(いつかは知識豊富?!予定)
エンジンメンバー:

宮崎保明——技術・環境本部環境事業開発部
冷や汗と心地良い汗をかきながら、エッチラオッチラ、勤務先の中小企業で飛び回る毎日です。会社の小回りはきくので、近々体型もスリムにして、公私元にスマートに「FORWORD」していきます。現在禁煙特訓中。

前多浩子--国際事業統括支店営業部所属
海外案件の営業、user視点の街づくり等を経て、現在は海外案件のドキュメンテーション担当。街づくり時代の代表作は渋谷・井の頭通りです。数ある趣味のうち一番好きなのは家事。なのに独身。

斉藤栄一——技術・環境本部環境事業開発部
会社では環境のことやってます。プライベートはバンド演奏と子育て。ここで目指すは電気屋!売り場のいろんな音がいくつも混ざり合って、とても元気。店員も明るく、「これなら買っちゃおう!」ってな感じかな。

増田隆行——建築事業本部設計・技術センター
近頃、テンションも血圧もちょっと高め。イラストの通り、「肉」が好物。最近は生ラムのジンギスカンにはまっています。社内では、建築材料に関する技術支援と技術開発を担当しています。

野原勝明——技術・環境本部環境修復事業部
子鹿のバンビです!このイラストは子鹿に、私の顔のイメージを組み合わせたものですが、さすがに可愛い子鹿には見えないですよね。普段は、世の中の汚れをきれいする環境の仕事をしています。レアな話題を提供していきますよ!

足立有史——技術・環境本部技術研究第一部
1994年入社の土木屋です。出身は島根県、島根のことなら何でも聞いてください。ちなみにブログという言葉はあまりよく知らず、野球で使うグローブの業界用語かと思いました。皆様もご注意ください。
2006年05月25日 00:59 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月24日
ラオスで活躍中!元ハザマの生涯柔道家!
ご苦労様です。ラオス・カンボジアにて営業をしています菊永です。
国際事業統括支店に来てから早5年、背番号も事務から営業となり、ここラオスでの勤務も来る7月で丸1年を迎えます。
ここラオスはナムグム水力発電所建設工事以来、ハザマにとって重要な海外拠点の1つ、まさに牙城であり、過去にODA(日本政府無償資金協力案件)中心に多くの施工実績があります。
最近、ラオスには日系企業(商社・ゼネコンなど)の駐在者もほとんど居らず(皆、投資が活発なカンボジアからの兼務)、約250人で構成されるラオス日本人会の約8割は大使館、JICAの援助関係者及びその家族の方々。職員1人店所として寂しい環境ですが、多くの大使館・JICAの方々に支えられながら(教育されながら?)約11か月勤務することができました。
このように公私ともにお世話になっている方の一人に、ラオスで柔道の指導に従事されているJICA:SV(シニアボランテイア)菊池6段という方がいます。実はこの菊池さん、2003年までハザマの社員!で、かつシンガポール、ネパールなど海外勤務の経験者。今でも国事支店に限らず社内にはご存知の方も多いのではないでしょうか?
私もネパールが海外勤務のスタート地点。思い起こせば最初の赴任地ネパールで、倉庫整理をして(させられて?)いた際、会計書類に「菊池」という検印をみたような・・・???まさかラオスでお会いするとは・・・。
ここでラオス柔道について若干触れておきます。まず肝心の実力はと言いますと、菊池さんが赴任した2003年頃は、基礎的かつ潜在的な能力はあるものの、国際大会でメダル獲得はと言うとまだまだ先・・・という簡単に想像できるレベル。ところが、3年間の熱心な指導の賜物でしょうか、今ではSEAゲーム(東南アジア競技大会)で銅メダル1つ、4月のタイ選手権では金メダル1つ、銀メダル4つ、銅メダル3つ、また今月ハノイで行われた国際大会では、銀メダルが3つ、銅メダル2つという実力ぶり!(左下写真:ハノイ国際大会・・・銀メダル3、銅メダル2の記念撮影。左端が菊池さん。)
今まで自分自身も数回、夕方の練習に顔を出したことがありますが、道場自体かなり老朽化が進み、はっきり言って「劣悪」そのもの。そういう練習環境にもかかわらず小さな子供からナショナルチームの巨漢選手まで幅広い層の約50名が汗を流し、元気な声が道場内に響いています。(ちなみに、不本意ながら?私自身はいつも見ていただけ・・・。)
練習だけではなく、メコン川船上クルーズや演武会などの多くのイベントにも参加していたからでしょうか、不思議と好成績と聞くとうれしいものがあります。
また、菊池さんは柔道そのものの指導だけでなく、現在の「劣悪」な練習環境を改善するため、日々の練習の場となる新武道場の建設に向けて、尽力されています。
昨年、ラオス政府(菊池さんが所属するラオス国家スポーツ委員会)は日本政府に「武道館建設」のプロジェクトを正式に要請しました。このプロジェクト(施設)は日々の練習場としてのみならず、2009年度にラオスにて開催される「第25回SEAゲーム(東南アジア競技大会)」の武道競技会場としても使用されるものです。(右下写真:練習風景・・・練習条件は決して良くない)
これも容易に想像できるかもしれませんが、まだまだ発展途上のラオスには、武道場だけではなく国際大会に耐えうるメインスタジアム、屋内スポーツ競技場、競泳場など何ひとつありません。開催を3年後に控え、今の状態では開催国「辞退」という国家として恥じうる事態にも成りかねない・・・。たまたま、昨年2005年が「日本-ラオス外交樹立50周年」でもありました。この施設がSEAゲームなど国際大会会場としての役割もさることながら、今後ラオスアスリート(柔道家達)の日々の練習の場となり、更なるラオスにおける柔道をはじめとする日本武道の普及・発展に貢献する意味でも、是非実現を期待したいものです。そして、2009年SEAゲームにおいて、この新しい武道場で金メダリストが出ることも夢ではないでしょう。菊池さんも同様の期待をされていることと思います。
さて、この菊池さん、3年間の任務を全うし今月末には日本へ帰任、今後は全日本柔道連盟の国際委員としてご活躍されるとのこと。帰任に際し、ラオス政府より「労働功労勲章」という栄誉も頂いています。
ハザマの元仲間として、これからも「生涯柔道」を座右の銘に、今以上に奮闘頂きたいところです。このように海外ではハザマの現役職員のみならず、OBの方もまだまだ元気に活躍しています。
次回はラオス国担当として国事支店(東京)管理部にていつも私を全面サポートして下さっている、池田正信主任にバトンリレーします。
2006年05月24日 16:24 | コメント (2) | トラックバック(0) |
桜前線北上中!~旭川から締めの桜~
こんにちは、管理人 ろうこです。
旭川連絡所の星野信子さんからのお便りです。この「桜前線北上中!」を紹介してはや2か月。とうとう旭川に桜が咲きました!
旭川連絡所から旭山公園の桜をご紹介いたします。写真は5月17日の夜桜祭りを撮影したものです。旭山公園は、キトウシ山脈の突端で海抜295メートルの山頂旭山の麓に広がっており、盆地に突出した丘陵地で、眺望に優れている地形から、明治45年国有林であった山一帯を買収し公園となり、 昭和38年8月15日東旭川町と旭川市の合併により都市公園として開設されました。
自然につつまれた丘陵地に広がる公園は、春の桜(エゾヤマザクラ・2300本)だけでなく、秋の紅葉狩りでも名所として知られています。また、閉鎖から再生を遂げ上野動物園をも抜き去った「旭山動物園」と隣り合っており1年を通して楽しめる公園です。
お便りを読むだけで旭山公園の壮大さが伝わります。次回はぜひ紅葉も見てみたいですね!
さて、3月からお送りしてきた桜前線も、今回が最後となります。
全国の支店、営業所の皆様、ご協力ありがとうございました!!
次回は梅雨入り前線・・・はないか。
来年もぜひやりましょう!!
2006年05月24日 14:55 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月23日
常陽新聞掲載コラム「ふしぎを追って」から-その8-
管理人のくりです。本シリーズ8回目のテーマは「雨仕舞い」です。ちょっと聞きなれない言葉ですね。詳しくはコラムの本文を読んでいただきたいのですが、簡単に言うと「茅葺(かやぶき)屋根」の民家などで、雨や雪が建物の中に漏れてこないようにする仕組みが「雨仕舞い」というのだそうです。
数年前に、コラムに紹介されている白川郷に行ったとき、「こういう茅葺の屋根の家って、雨漏りの心配なんかないのかなー」と思ったことを思い出しました。伝統的な技法が活かされていたのですね。今年の冬は数年ぶりの大雪だった地域も多かったのですが、各地の茅葺屋根たちはきっとこの「雨仕舞い」の技術に守られてそこに住む人たちの暮らしを守ったことでしょう。今度どこかで茅葺屋根の家を見つけたら、ちょっといつもよりも注目して屋根を見上げてみようと思います。
2006年05月23日 17:46 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月18日
桜前線北上中!~函館~
管理人のくりです。
16日のエントリーで「明日は札幌からの」とお伝えしながら、一日遅れてしまいました。申し訳ございません。改めて札幌支店の浅見さん(今年の新入社員です)からのお便りをご紹介します。
東京で桜が散るころは雪の中、沖縄からはしり梅雨が北上してくるころ、ここ26年間で最も寒かった北海道にようやく桜前線が到着しました。
写真は北海道神宮と円山公園です。咲いているのは満開宣言の出た低温にも強いエゾヤマザクラです。
そしてこの写真よ~く見ていただくと不思議なことが2つあるんです。 (管理人注:写真を小さくしてしまっているので少しみにくいかもしれません)
①桜の枝がかなりの割合で切られているんです。
桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿と言いますし、何年か前プロジェクトXで放映された「桜ロード」でロックフィルの御母衣ダムが取り上げらた時にも切ったらだめと言ってたなぁと、なのに札幌では桜に手を入れるんです。で、観光協会に電話してみたら寒さのせいか害虫が住みつき傷んでしまうため、桜を守るために切るんだとか・・・・・・
②桜に交じって梅(豊後梅)が咲いているんです。
梅前線の北上は桜前線の丁度半分のスピードだそうです。東京近隣の方は2月頃に水戸の偕楽園、4月に御苑へ足を運びと2回花見をしなければならないのに、札幌では一度に楽しめるんです。ホトトギスが歌っていないのが残念でしたが・・・・・・
北海道はこれから新緑、ライラック、ラベンダー、よさこい祭りに牛トロ丼、ラーメン、蟹、ウニ、温泉、日本三大がっかりの時計台、そして網走刑務所と絶好の観光シーズンに入ります。皆様是非遊びに来てください。
P.S そういえばもう1箇所日本で桜と梅一緒に楽しめるところありますね。伊豆は下田の1駅手前、オオシマザクラとカンヒサクラの交配種の河津桜(原木・飯田さん宅)です。東京近隣の方で、一緒に見たいという方いらっしゃいましたら、熱海梅園~江間でイチゴ狩り~河津桜なんてコースはいかがでしょうか。
2006年05月18日 13:45 | コメント (4) | トラックバック(0) |
2006年05月17日
トルコ・イスタンブールで、炭水化物ダイエットを実行中!!
私は、国際事業統括支店トルコ営業所勤務の 広末幸治 です。
ここでは、建築営業の責任者として任され、事務全般も担当しています。
(写真は現在の営業所メンバー、後列左が筆者、右が手串所長、前列左が坂巻所長、右が森脇所長。なお、清水所長は撮影日に体調不良のため欠席)
まずは、トルコ営業所を紹介します。坂巻所長は土木営業、私は建築営業という住み分けで、地域としてはトルコ及び近隣国(ブルガリア、ルーマニア、東欧、欧州、中央アジア)をカバーしています。
トルコ国内では、ホンダトルコ社の部品倉庫拡張工事を現在施工中、隣国ブルガリアでは徳洲会の総合病院(1000床)の建設が本年11月末の完成を目指して目下施工中です。トルコ国内には日本人職員は現在5名いますが、1名(森脇所長)が5月中旬には任務完了で帰国し、残る4名で今後やって行く事になります。
さて、ブログリレーの話を戴いた時は、正直言って“困ったなあー”と思いましたが、特別なことでは無く、自分の身の回りの事で、かつブログリレーを読んでくれている方(それも忙しい時間を割いて読んでくれる方々)に何か残るものにしないと申し訳無いと思い、現在私が取り組んでいる「健康管理」についてお話しします。
私は今年で55歳を迎えます。55歳と言えば、昔(子供の頃)では高齢なおじさん、今では中年のおじさん。もっとも私自身の気持ちはまだ30台のつもりですが。
ところが身体は正直で、やはり腹は出っ張り、顔は毎日のアルコール漬けのために丸くなり、人に言わせれば「殺される前の豚」状態(本人にはそれほどには丸くなっているとは思っていないのですが)。特に、この2年間では体重が75kgから一気に増え、一時は80kgまで急上昇。
私のライフパートナーからは毎日うるさく体重減量をせっつかれ、気にかけているふりをしながら、馬耳東風!!
しかしながら、ひとつ困ったことが出て来た。それは、日本から持ってきたスーツのズボンの腰回サイズが小さくなり、その一部ははくのを諦め、一部は苦しくても我慢して・・・、というなんとも我家の家計に悪影響を及ぼす状態となってきたのです。(当地イスタンブールでは、日本人の好みに合うスーツはなかなか無く、オーダーメイドで作ってもトルコ人の感性ではとても自分の好みには合わないので、当地での調達を諦めています)
今年に入ってから、英国からの衛星放送(JSTV)で受信している日本語放送のテレビ番組で、よく「健康管理」の話題が取り上げられています。その中で“臍の位置腰回りが、男性:85CM、女性:95CMを超えると心筋梗塞、心臓病が起こりやすくなる”という内容が。
“ウーン!!私の腰周りは、昨年日本に帰国した際に買ったベルトの穴を一番絞った位置に持っていっても腰周りが緩かったものが、最近では穴を一つ増やさないと苦しくなってきているー”という状態だったため、これはとても気になり始め、何とかしなくては・・・、と。そこで、一念発起して、何かをやるかーーーー!!と決断した次第です。
日本語の番組で「ためしてガッテン!」というTV番組がありますが、4月の中旬に脂肪の燃焼の仕方についての放送がありました。人間の脂肪には「内臓脂肪」と「皮下脂肪」の二つがあって、「内臓脂肪」は人間の行動のエネルギー源として使用され、運動等で燃焼される脂肪で、「皮下脂肪」はなかなか燃焼されない、といった内容でした。(ウーーンなるほど!!)
皮下脂肪を燃焼させる方法としては、日頃使っていない筋肉を使うことで燃焼させる事が出来ると言っていました。それも簡単でかつLAZY(めんどうくさかり屋)な私でも毎日実行可能な訓練があるとの事!!
両足をバレリーナの如く、カカトをつけて大きく両開き(約180度)、バランスを取るのにちょっと工夫が必要ですが、約1分間、それを合計5回続けて行う。それも一日一回だけで良い、との事。(ウーーン!!これならば私でも出来るナーーー!!)

では、内臓脂肪はどうするのか???
今から約2週間前に、当地イスタンブールで恒例となっているボスポラス会(日本人会ゴルフ愛好家が集うゴルフコンペ)の成績発表の席で同じテーブルに着いたある商社の支店長さんが、トンカツ定食(豚はトルコでは簡単には入手出来ない貴重な肉です!、イスラム教の国ですので!!)を食していたのですが、何故か主食のゴハンには一口も手をつけていないのに気づき、私の横に居た家内が「なぜゴハンを食べないのですか?」と聞いたところ、今「炭水化物ダイエット」を二日前から始めたから、という返事が返ってきました。
同社の若い日本人の方を、家内が2週間前にお見かけした際、以前よりスッキリされていたので聞いてみたところ、「炭水化物ダイエット」をやったお陰と、聞き、その効果ぶりを聞いたところ3週間で約5KG体重を減らせたとの事。
同支店長いわく、とにかく炭水化物である、米、麺、パン等を食せず、それ以外は一切食事制限しなくても良く、アルコールも制限しなくて良いとの事!!
「これだーーー!!」と思い、アルコール制限無しの炭水化物ダイエットをやってみようと、4月23日(日)午後1時30分に決断して、その晩から開始した次第です。
それから約10日間が過ぎ、その結果 1.体重:78KG→76KG、2.臍の位置腰回り:92CM→90CM 3.顔のアゴ当たりの丸みが多少落ちて来たぐらい の状態まで改善できました。
前述の商社の若い日本人の方に、炭水化物ダイエットのコツを直接聞いたところ、 1.血糖値が下がるので、集中力が落ち物事に集中出来なくなるので、糖分をコントロールするため「飴」等を取って補給する必要有り、2.アルコールは飲むものをある程度考えて、なるべく蒸留酒(ウイスキー、焼酎、ウッカ、ラク(トルコの地酒―ブドウの皮とアニスの種「アニシード」を一緒蒸留させた飲み物⇒水を入れると白く濁る酒))を飲むことにしている との事。 (ウーーン、ビールはなるべく控える事か!!??――ゴルフの後のビールは最高なのになあー!!)
私がこの10日間で一番心がけている事は、以下のとおり。
1. 炭水化物を含む食材、米、麺、パン を取らないこと。
(本当は、人間の脳は最低でも一日:90gの炭水化物を必要としているので、一日の摂取量は:90g(目安として、ゴハンだとお茶碗半分)を目標とした、食事管理が必要との事)
2. 皮下脂肪を燃焼させる“バレリーナ両足180度開き”を一日5回(各々1分間)
(これをやっていると、そのうちに気づくのですが、バランスを1分間保つ為には、胸を突き出し、腰を引き、バランス調整が必要です。 その際に使用する筋肉は、腹筋及びその左右の筋肉を使っている様で、この運動を終えた後で、ソファーに座っていてもこの使用した筋肉がまだ緊張している状態であるのが暫く感じられます。(ウーーン!!なるほど、バレリーナで腹の出っ張っているのは見たことが無いなアー)
このままこのペースで続けば臍の位置の腰周り85cmもそう遠くはない、と信じて今日もトルコ・イスタンブールで「炭水化物ダイエット」続行中です。
なお、この炭水化物ダイエットを良く知りたい方は、以下のホームページにアクセスしていただき、正しい情報を入手して下さい。もし実行するなら、自分に合った炭水化物ダイエットを選択してから実行してください。
http://www.kyu-sapo.com/diet/dietjiten/teitansuikabutsudiet.html
今後の私の「炭水化物ダイエット」の成果を楽しみに、又、興味をもたれ実行してみよう、という方へは、ご健闘を祈っています。
2006年05月17日 16:19 | コメント (0) | トラックバック(0) |
関西電力主催の展示会に出展しています
こんにちは、管理人 ろうこです。
今日から3日間、インテックス大阪(大阪府)で開催されている「エネルギーソリューション&蓄熱フェア 2006」にハザマが出展しています!
和風のブースでは、大洲城を中心に、これまでに手掛けてきた木造建築物と緑化技術を展示します。
木造建築物の建造が、地球温暖化の低減(CO2発生の抑制)に寄与していることをご存知ですか?
CO2を街に貯め、循環させることができる木造建築について、木のライフサイクルをイラストで表すと共に、ハザマが手掛けた木造建築物も紹介しています。

大洲城のビデオ上映では、なんと「大工の唄」という渋~い演歌も初登場!一度聞いたら忘れない、なかなかユニークな唄ですよ。
そして、明日からは、大洲城の施工を担当した外舘寛所長がブースで自ら大洲城施工について紹介いたします。
お近くの皆様、ぜひぜひお立ちよりくださいね!
2006年05月17日 15:59 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月16日
桜前線北上中!~函館~

管理人のくりです。
しばらくご無沙汰していた「桜前線」ですが、昨日北海道からお便りが二通届きました。今日はそのうちの函館から届いた写真をご紹介いたします。写真を送っていただいたのは、函館連絡所の岡島所長です。
函館市柏木町の住宅街の一般道路にある延長約600mの桜並木をご紹介します。二枚の写真は同じ場所から撮影していますが、満開になっているほうの写真は5月11日の撮影です。
10年程前までは一般にはあまり知られてなく、地元の方々が静かに時の流れを楽しむ散歩道だったのですが、マスメディアに取り上げてからは満開の休日は人・人・車・車・とあふれ返ってしまいます。
車道というあまり条件のよくないところにもかかわらず、見事な桜ですね。ちなみにまだ蕾のほうの写真は、撮影日を見ると4月29日のようです。今年の函館の桜は、ちょうどゴールデンウィーク中に開花していったのでしょうか。
明日は札幌からのお便りを紹介する予定です。
2006年05月16日 13:45 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月15日
施工現場見学会を開催
管理人のくりです。
先週の金曜日、5月12日に仙台市北部の北山というところで、マスコミ各社を招いた現場見学会を開催しました(新日本製鐵さんとの共同発表)。現場は仙台市が事業を進めている都市計画道路「北四番丁大衡線」の北山工区で、ハザマと地元の佐清工業との共同企業体が施工を担当しています。
当日の見学内容は、こちらのプレスリリースをご覧いただきたいのですが、現場に着いて私たちが何よりもビックリしたことは、今回の工事で建設している道路の擁壁と民家との距離でした。擁壁と民家との間は狭いところでは1mほどのところがありました。静かに施工ができ、これまでの工法よりもかなり壁の厚さを薄くできる「ソイルセメント鋼製地中連続壁工法」だからこそ出来たのだと思いますが、本当にその場に立ち会うとその近接ぶりにビックリさせられます。
現場での発表には、東京からきていただいたマスコミの方を含め9社が参加。お天気だけが心配されていましたが、心地よい晴天の下、無事終了いたしました。
2006年05月15日 15:00 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月11日
常陽新聞掲載コラム「ふしぎを追って」から-その7-
管理人のくりです。本シリーズも7回目を迎えました。新聞に掲載されたのが4月12日ですので、かなり追いついてきましたね。
今回のテーマはよく話題にもなる「クレーンってどうやって下ろすの」です。最近の建築物件は合理化施工により、あっという間にビルの形になるのですが、これを支えているのがクレーン達です。ビルが出来上がると、いつも間にかその姿がなくなっているクレーン、果てさてどうやって片付けているのでしょうか。そして、建設中もいつのまにかビルの高さにあわせてどんどん登っていく。これらを不思議に感じていらっしゃる方は非常に多いかと思います。
さて種明かしは画像をクリックしてください。
2006年05月11日 22:21 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月10日
ハザマ・ブランドついに南米アマゾン地域へ到達!!
私は、現在、南米はボリビア国アマゾン源流地域で医療施設の建設を担当している舩原(ふなはら)です。
私の海外経験は1979年からインドネシア、ネパールを中心として、これまでアジア諸国が中心でしたが、1997年のアジア経済崩壊を機に、自分自身それまでまったく想像もしていなかったアメリカや中南米といった地域に海外勤務の縁を得ることになりました。現在、海外勤務は26年間という長きにわたっています。
2003年から2004年までは、ボリビア第三の都市であるコチャバンバ市内で母子病院の建設工事(ODA案件)を担当致しました。この工事は南米においてハザマの建築部隊が施工した初めての物件となりました。(左-完成写真)
そして引き続き、現在私達が手がけている工事は、これまた日本政府の無償援助工事で「ベニ県南部医療施設改善計画」と言います。日頃高度医療に接することのないアマゾン源流の地域住民に対して、医療サービスの向上を目的として計画されました。
建設される医療施設はアマゾンの湿地帯の中に11サイトに渡って点在しております。プロジェクトの本部事務所はベニ県の中心都市トリニダ市に設置しております。
本プロジェクトは雨季にはまったく道路が使えない為、建設に必要な物資はほとんど川を使った船による輸送となります。また、一番遠いサイトは船を使って下流に向かって二昼夜、トリニダ市本部事務所への帰還は上流に向かって船を進める為、四昼夜から五昼夜を必要とします。
これらの流域には、以前日本政府から無償供与された医療巡回船『健康号』が運営されており、住民の医療サービスに大いに貢献しております。この船には日本の海外青年協力隊のうら若き女性看護師も乗船しており、環境厳しい中での日本女性の活躍に大いに敬服しつつ、我々も新たな勇気と闘志をもらっている次第です。
しかし、時間的な制約から通常、我々ハザマ職員の各サイト間の現場巡回は、当地で「Aero Taxi」と呼ばれているセスナ機をチャーターして行っております。(写っているのが私です)
このプロジェクトは湿地帯であるがゆえに、砂と砂利の確保が大変難しく、よって砂や砂利など石に関する材料費が労賃の6倍にも相当します。
その他、アマゾンの自然の中での工事ですので、ピラニヤ、ワニ、淡水イルカ、カピバラ、アナコンダといったものにも遭遇します。しかし、それ以上に蚊の大群、葉ダニの攻撃にはいつも悩まされ続けております。
しかしながら当地は野鳥の宝庫であり、種類も多くその上大変美しい野鳥ばかりですので、野鳥好きの方には当プロジェクトは最高です。特にインコ類が多くインコはどこの家にも普通に飼われています。
厳しい環境の中での工事ですが、我々のささやかな安らぎはこういった自然を感じる中にあります。
どんな場所であれ、環境であれ、現地スタッフ共々一丸となって「品質高いハザマ・ブランド」の施工を目指して、ここ南米アマゾン源流地域でもハザマは頑張っています。
(ボリビア・ベニ医療施設作業所:所長、舩原貞重:2006年4月26日記)
2006年05月10日 11:38 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月09日
常陽新聞掲載コラム「ふしぎを追って」から-その6-
管理人のくりです。
常総新聞掲載のコラム第六弾です。新聞には4月5日に掲載されました。今回のお話しは地下鉄の造り方です。よく「どうやって地下鉄の電車は中に入れるの?」という話題が出ることがありますが、今回はそのお話しではなく、「どうやって地下鉄のトンネルを造ってるの?」というお話しです。以前は「開削工法」と言って地下鉄を通す場所の地面を掘ってトンネルを造っていました。東京の銀座線のように古い地下鉄路線はこの方法で掘っていました。今でもこの方法で造られる場合もありますが、最近の地下鉄はすごーく深いところを走っていることが多いですよね。そんな深い地下鉄のトンネルをどうやって掘っているのか。今回のコラムはその方法を分かりやすく説明しています。
では、詳しくは画像をクリックしてみてください。
2006年05月09日 15:45 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月08日
東北支店会津高田作業所の西原征記さんから
こんにちは、管理人 ろうこです。

今月から隔月で、これまでHPに掲載していた「現場だより」をブログで紹介することになりました。
今回は、東北支店会津高田作業所の西原征記さんからです。
白虎隊や会津磐梯山、鶴ケ城で知られる会津若松市から西へ車で15分。
のどかな清流『宮川』沿いに「会津美里町立宮川小学校新築工事」の現場があります。
昨年10月に3町村が合併して会津美里町が誕生しました。「会津」発祥の起源に由来する伊佐須美神社や東北最古の焼き物として知られる会津本郷焼などがあり、古い歴史と美しい自然に恵まれた町です。

しかし、近年の少子化の進行は顕著で、町では小中学校の統合を計画的に進めているようです。その統合小学校の1つが宮川小学校です。地元産の木材を、構造体から仕上げ材にまでふんだんに使用し、温かみがあり、町民に長く愛される建物を建設中です。
現場の担当者は、支店内の最長老で経験豊富、健康管理への気配りも完璧な池田所長。
線は細いが図太い根性の持ち主、ローテーションが気になる今日このごろの松橋くん。
地元のことなら昼も夜もお任せ、穴沢くんと事務の小林さん。
今時期、花粉に悩まされ辛い日々を送っている筆者の私です。

ようやく平野の雪も解け、現場内も8月末の竣工に向けて活気に満ちてきています。
宮川沿いの桜が満開になる頃の躯体上棟を目指し、頑張ってま~す。
写真は、現場メンバーと現場全景、現場から見た若松市内と磐梯山です。いいところでしょ!
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磐梯山、雪化粧でキレイですね~。鶴ケ城(会津若松城)はハザマ施工ですよ。西原さん、行ったことありますか?お時間があったら、写真撮って送って下さいね!
2006年05月08日 13:29 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月02日
ルソン高速Projectに関連する歴史的人物と社会事情
フィリピン・ルソン高速作業所の井上です。
ルソン高速は、フィリピンのルソン島中央部を横断する形で建設が進んでいます。全長90kmを2つの工区に分けて建設中で、そのうちのクラーク基地からルイシタ工業団地までの40kmの区間である第2工区をハザマ/大成/新日鉄JV が担当しています。
今日はハザマJVの担当する工区を、フィリピンの歴史を飾る人物に言及しながら紹介したいと思います。
1)Project の起点はクラーク基地のM.A ロハスAvenue
ロハス通りは到る町で見受ける名称ですが、最大のものはマニラのもの。マッカサーが司令部を置いたマニラHotel、そしてアメリカ大使館を基点に マニラ湾の海岸沿いを一気に南下して走るロハス大通りでしょう。でもその次に立派なのは、ここクラーク基地の中心と言えるM.A.ロハス大通りです。
この道路名は、第5代大統領(1946から1948年)であったロハス大統領にちなんでつけられています。ロハスは、アメリカの支配から独立したときの大統領で、4億ドル以上の復興基金を米政府から得る一方、23カ所の米軍基地を99年間貸与する軍事基地協定を結ぶ等、アメリカのCommonwealthと言われ 現在のフィリッピンの原型を作り上げた(作らざるを得なかったというべきでしょう?)大統領です。東南アジアで、フィリピンが周辺国と異なった性格を持っている国として存在している、そういう意味では、フィィッピンの道先を決めたと言える大統領です。(1948年4月15日、クラーク基地で演説中に心臓マヒのため急逝、大統領任期を全うすることはできませんでした)
一方彼は、共産党の影響下にあったフクバラハップ(フク団、旧抗日人民軍、当時人民解放軍)を非合法化して対決色を強めました。今でも、共産ゲリラの出没をルイシタ付近でも見ると言うように、共産主義が歴史上の話になりつつある世界の中で、フィリピン社会に重い影を投げかけています。貧困撲滅は現在もフィリピンの一番の課題です。
2)本Project の目的は、マッカサーHighway の混雑の解消
マッカサーHighwayの名称は、当然マッカサー元帥。Philippineの近代史は、マッカサーに始まるともいえます。たまたま、マッカサーが朝鮮戦争での戦略の違いで当時のトルーマン大統領から解任された直後におこなわれた米議会での証言録を目にしましたが、現在のイラクでのアメリカの占領政策との比較、本国と戦線での温度差等、本社と現場の関係にも少し似ていて面白い内容です。(sourceは、「正論」2004年3月)
フィリピンにおける太平洋戦争は、真珠湾と時を同じくして、バターン半島の先端コレヒドール島の要塞の攻防で始まりました。ここは今回の工事の第一工区の起点となるSubic 基地の南になります。後年、マルコス時代に、ここは政治犯収容の刑務所となり、当時死刑判決を受け、後年マニラ空港で暗殺されるアキノ上院議員が収容されていました。
彼の暗殺がPeoples 革命となって、マルコス退陣、そしてアキノ大統領誕生の布石となったのですが、かれの実家はConception Interchange近くに今も残り、また彼の政治史を追った形のアキノ記念館が米国の支援の下、ルイシタ荘園入り口に建てられています。さらに、このアキノ大統領の誕生が、いわばマルコスの亡命で成立し、そのLegitimacyについて疑義があることから、現在の憲法(1987年憲法、またはアキノ憲法)の成立を見ました。
このバターン半島は、そのコレヒドール島攻防戦で捕虜となったアメリカ軍を、サンフェルナンド近くの捕虜収容所(ターラック州オードネール)まで歩かせ、その間に大量の死亡者を出したので、「パターン半島死の行進」と言われ東京裁判を通して戦後、有名になりました。当時の国際法(ジュネーブ条約の鏡となった条約)に反した形で行進させ、アメリカ兵1500人、フィリピン兵2900人の死亡者を出したとして、本間雅晴中将(第14軍司令官)が戦犯として連合軍によってフィリピンの地で死刑されています。
そして、当時このコレヒドール島を脱出したのが、マッカサー元帥です。又、そのときの言葉が有名な「 I shall return 」です。ただし彼の場合、Battle Field での戦闘指揮官というより、戦後日本での占領政策に見られるように、行政官としての能力の比重が高かったようです。
そして、Return to Philippineは、1944年10月25日のレイテ上陸という太平洋戦争の大きなEpochになった上陸作戦で結実。このレイテ上陸阻止に、ボルネオ島ブルネイからは戦艦大和、そして武蔵が出陣。しかし、米機動部隊の航空機の攻撃を受け、 1944年10月24日、レイテ湾突入をもくろんでいた武蔵は満身創痍(そうい)となった末に、シブヤン海に沈没し乗員は海に投げ出されました。漂流者の生き残り1300人はコレヒドール島に収容されましたが、うち420人は輸送船で内地に移送中に米軍魚雷を受けて沈没し、300人が亡くなっています。コレヒドール残留組はフィリピン各地の死闘に狩り出され、ほとんどの方が玉砕したと言われています。なお、もう一方の巨漢大和ですが、レイテ湾沖まではたどり着いたものの、ここでも活躍の場はなく、片道航となった次の沖縄戦線を迎えることになりました。
海軍は、連合艦隊を繰り出し、囮の栗田艦隊まで差し向けましたが、一方空から阻止に向かったのがフィリピン方面の海軍航空隊司令官だった大西瀧次郎中将率いる神風特攻隊でした。すでに、航空機も欠乏し、制空権もない中の状況で生まれたのが、神風攻撃隊です。
神風特攻機の一号機は、このクラーク基地北部の、当時はバンバン川原にあったマバラカット飛行場(今の鳥居の辺り。クラーク基地は戦後アメリカが拡張したもの。もともとの遺族団が作った鳥居は現在の鳥居の下に埋もっている。ミナツボの噴火で埋まったものを市当局が再建しました。)から出撃しています。そして、同じくマバラカットを発進した関中尉が指揮をとる敷島隊(零戦9機)が、レイテ沖の米空母撃沈という思わぬ戦果をあげたことにより、特攻作戦という自爆攻撃が始まりました。しかし、すでに戦局は沖縄戦線を残すのみになっていました。
そして、陸軍として対峙したのが山下泰文大将です。第14方面軍司令官山下泰文大将は、レイテ島の敗北によって、アメリカ軍の日本本土直接攻撃は避けられないことを悟り、そしてこれまでの戦術を大転換、持久戦構想を打ちたてました。それは、アメリカ軍をできるだけルソン島に引き止め、日本本土攻撃を少しでも遅らせるためでした。レイテ上陸から時間を置いた昭和20年の1月、満を喫してパンガシナン州のリンガエン湾に上陸した米軍に対しベンゲット街道などの山岳戦線で抗戦するも、所詮Logistic が持たずに敗退。山下将軍自身は、マニラ市南部ラグナの捕虜収容所にて、東京裁判に並行して開かれたマニラ軍事裁判にて「平和に対する罪」という戦争責任を問われ処刑されています。ここには、ボスニヤ・ヘルツゴビヤ等の戦争犯罪人の国際軍事裁判等、現在の国際社会の原型が見えます。
開戦時のマレー半島南下のシンガポール攻略戦線では、参謀の辻政信とともに一躍英雄視された山下泰文ですが、昭和初期の軍縮時代は皇道派として見られ、また「二.二.六事件」の関与を統制派に疑われて、満州に左遷されています。その後も、石原莞爾や後に陸軍大臣となった東條秀樹など台頭した統制派との対立もあって満州の関東軍に配属され、国民人気とは裏腹に表舞台に再登場してくるのは、このルソン戦線まで待つことになります。
なお、シンガポールを山下泰文とともに攻略したとはいえ、ノモンハン、ガダルカナル、ニューギニア戦線を指揮、すべて日本軍を大敗に導くことになったものの終戦時にバンコックからラオスを経由、ベトナムから中国重慶の国民軍本部まで踏破して有名となり、戦争責任を連合国より問われず、その後参議院議員となったのが辻政信です。ただし、政治面では当時の岸首相とあわず、1959年、再びラオスに入って、そのままビエンチャンからジャール平原に向かったまま姿を消しています。中国戦線での服部卓四郎とならんで、太平洋戦争の作戦指導に預かること大きかった辻政信ですが、フィリピン戦線では大きな作戦指導は取っていなかったようです。なお、自民党の堀内光雄代議士は、辻政信の甥にあたります。折に触れて、叔父 辻政信について語っています。「毀誉褒貶のある人物だったといえるが、スケールの大きな視野を持っていた。」というのが、叔父に対する印象です。
写真集はこちらをクリック
(管理人注:投稿文に関係している現地の写真や現在の工事の様子をまとめた写真集をpdfファイルにしました。本文にあわせて写真をご覧ください)
2006年05月02日 13:56 | コメント (0) | トラックバック(0) |
2006年05月01日
Siteseeing tour/金沢こども医療福祉センター
こんにちは、管理人 ろうこです。
さて、隔月で掲載している「大人の社会科見学」、
第6回目は「~子どもたちを見守る たくさんのおとなたちがつくりあげた理想の施設~ 金沢こども医療福祉センター」

建設アウトサイダーのイワサキ(イラストレーター)&フジタ(ただの工事現場フリーク)が出来上がった施設を訪問、見学記をお送りします。
こちらをぜひご覧下さい!
2006年05月01日 08:00 | コメント (0) | トラックバック(0) |